その日、母が仕事に帰ってくると私はまっさきにユウミを一階へと連れて行き、ことの成り行きを話した。言い忘れていたがうちは母子家庭で父親がいない。母は毎日あくせく働いているが、家に帰ってくるとふぁーっと力が抜けたかのようにくつろいでいる。大雑把な性格なのか、私の教育に対しても寛容なことが多い。家事は二人で分担していて、洗濯や掃除は私がやっているので、母からは「いつもありがとうねえ」と大好きなチョコレートを差し出されるのが私の日常だった。

「まあ、そうなの」

母はこの珍事に対し、「へえ」「ぜひうちで暮らしましょう!」と楽観的な態度で答えただけだった。

「それだけ?」

「え、だって女の子一人くらい大丈夫よ」

「はあ」

こちらが呆れてしまうほど呑気な答えが返って来て、私は肩透かしを食らった。警察にいかなければ拉致ということになりかねないのではないかと危惧したけれど、「本人がここにいたいって言うならいんじゃない?」とこれまた適当な答えが返ってきた。

「よろしくお願いします!」

ユウミが元気よく頭を下げる。小さな女の子が家族になって、母はすこぶる機嫌がいい。母は子供が好きなんだ。そういえば二人で出掛けたとき、小さな子供とすれ違うとニコニコとその子に笑いかけているっけ。これまであまり知らなかった母の素顔が知れてちょっとだけ嬉しかった。

「それより結奈、あなたもう大丈夫なの?」

春休みの初日、部屋着のまま夜まで過ごしていた私に母は心配そうな表情を向けた。恋人だった佳道のことを、母も知っている。一度佳道を家に連れて来たことがあり、佳道が帰ると「いい子ねえ」「将来のお婿さん候補かしら」と私を茶化しにかかってきたこともある。
だから、先週佳道が亡くなったという知らせを受け、母もひどくショックを受けていた。落ち込んでご飯も喉を通らない私を見て、母はさらに眉根を寄せた。そんな母に申し訳ないと思いつつ、だけど母に心配をかけまいと気を遣えるほど私は大人ではなかった。

「大丈夫じゃないけど、大丈夫」

「無理しなさんな。ユウミちゃんの面倒ならお母さんに任せて」

「……うん」

母から目を逸らし、私は隣に立っているユウミの方へと視線を落とす。
首を傾げ私を見上げる彼女のつぶらな瞳が、胸につくった染みを少しだけ薄めてくれた。