「結奈、こんなところにいたの!」

聞き慣れた声がして振り返ると、母が肩で息をしながら私を凝視していた。かなり雪が降っているというのに、傘もささず、コートも着ていない。きっと私を探すために我を忘れて家を飛び出して来たんだろう。母は追いかけてこないと思っていた私は驚いてその顔を何度も見返した。

「お母さん、どうしてここに」

「どうしてじゃないわ。あなたを探してたに決まってるじゃない。それよりユウミちゃんは?」

母は私の腕の中にあるコートを見て、ユウミがいないことに気づいたらしく辺りを見回した。けれどどこにも彼女の姿はない。もうユウミは消えてしまったのだ。

「ユウミは、もういないの」

何を伝えたらいいか分からずに、言えることはたったそれだけだった。
どういうことなのか母が問い詰めてくるかと思い、私は次の言葉を探す。けれど母は予想外にも「そっか」とだけ呟いて私の元に近づき、震える私の身体を抱きしめた。

「結奈、今まで辛かったのよね。今も、辛いのよね。ごめんね。お母さんは何も分かってなかった」

母が、涙で鼻を啜る音が耳元で聞こえてきた。 
佳道がいなくなってからの一年間の記憶が蘇る。母の言うように私は自分で自覚している以上に辛かったのだ。

「お母さん。私、ユウミがいたから、今まで立っていられた。これからどうすればいいの?」

母の呼吸を確かめるようにして、私は母の耳元で囁いた。母はより一層力を込めて私の身体を離さない。その痛いくらいの温もりが、私を史上最強に落ち着かせてくれた。

「そんなの決まってるじゃない。佳道くんの分も、ユウミちゃんの分も、お母さんが結奈のそばにいるから。あなたはただ生きてくれればそれでいい。分かった?」

母の力強い言葉に、私はもうその場で頷くしかなかった。
言葉で答えられなくても、ただそばにいてくれるだけでこんなにも愛おしい。
佳道やユウミから受け取った想いを、私は両手からこぼれ落ちてしまわないように生きていくのだ。