「結奈、桜の花言葉って知ってる?」

佳道が満開の桜の木の下でカメラを構えながら私に聞いてきた。高校二年生の春、彼にお花見デートに誘われた日だった。私は手に三色団子を持って、どこか座れそうな場所はないかと探していた。春の暖かな風と美しい桜の花に、その場にいる花見客の華やいだ声が幸せな一日を象徴していた。

「ううん、知らない。なに?」

花言葉など、普段あまり意識したことのなかった私は佳道のカメラを覗き込んで聞いた。シャッター音が鳴って、「えー今撮ったの?」と私はむくれる。撮るならちゃんと言ってほしい。顔だってつくらなきゃいけないんだし! と軽く怒ると彼は笑って「ごめんごめん」と誤魔化した。

「で、なんなの? 桜の花言葉って」

彼の質問の答えが聞きたくて、今度はきちんと彼の目を見つめた。

「いろいろあるけど、一番好きなのは“優美”かな」

「優美?」

「うん。なんか響きが綺麗というか、しなやかで桜を一言で表してるって気がしないか?」

優美。
確かに、と満開の桜を眺める。
薄桃色の花びらは、これほど多くの人の心を掴むほどに美しい。

「佳道ってそういうロマンチックなの、好きよね」

「そうか? 普通だろ。結奈が花より団子なだけだって」

「なにぃ」

せっかく目の前に桜が咲いているのに、いつものように二人の世界に入り込んでいる自分たちに呆れつつも、幸せな一日を噛み締める。こんなふうに、いつまでも佳道と笑っていたい。大学生になって、もしも別々の道を歩むことになっても、彼を大切に想う気持ちを忘れなければずっとそばにいられるはずだ。

私は彼の横に立ち、三色団子を顔の横にかざしてスマホのインカメラで写真を撮った。不意打ちに写真を撮られた彼の顔が不満げでおかしくて笑ってしまう。
優美な桜の木からはらはらと振ってきた花びらが、スマホを持つ私の手の中にのっかった。私はその花びらを、両手に包み込んでからそっと地面に落とした。
どうかこの幸せな瞬間が、来年も再来年も続きますように。
そう、花びらに願いを込めて。