今日は4月6日、始業式。
 学年が変わり、僕は2年生になった。

「おはよー。(あー今日もだるい)」
「おはようさん(うわ、香ちゃんかわいー)」
(上履き忘れた、どうしよ)
「ねぇねぇ、今日帰りに遊んでこうよ(家帰りたくない)」
「いいね(えー、今日は帰って漫画読みたかったのにー)」

 学校に着けば、嫌でも心の声があちこちから流れ込んでくる。
 今でこそ慣れたものの、学校という人の多い場所は僕にとって苦痛な空間以外なにものでもなかった。今でも人混みでは吐きそうになることもある。

 だって、どの声も、ろくでもないものばかりだから。
 聞きたくもない。
 なのに、聞こえてきてしまう。
 耳を塞いだって聞こえてくるんだ。
 小さい頃から、僕に「聞かない」という選択肢は与えられなかった。

「今日は、委員決めするぞー。まずはクラス委員長と副委員長を決めるけど、立候補、推薦ある人ー(なければくじ引きだな)」

(ぜってーやだ)
(誰か立候補しろや)

 みんなシーンとしてるけど、心の声はせわしない。必死に担任と目を合わせないようにしている。

(あー、瀬川あたりやってくれると助かるんだけどなぁ)

 担任の熱い視線と一緒に声も聞こえてきて、ギクリとする。残念なことに、担任は1年の時に僕がやっていた美化委員の担当だった先生だ。

「瀬川くんがいいと思います!(絶対適任!)」

 まるで示し合わせたように声を発したのは、1年で同じクラスだった女子だ。
 その声に次々と賛成の声が乗っかってきて、僕に視線が集中した。もうみんな自分じゃなければ誰でもいいやという心の声が駄々洩れ。

「瀬川ー、どうだ、みんなこう言ってくれてるし、やってくれないか? 先生もみんなの意見に賛成だ(ここまで言われれば嫌とは言えないよな)」

 見事生贄に選ばれた僕は内心で頭を抱えるも、もう逃げ場など無いことは自明の理だった。

「……わかりました」

 わぁっと拍手が沸き起こり、その後副委員長も誰かからの推薦(という押し付け)で決まり、僕と副委員長の田代さんの進行でほかの委員を決めていった。

 半ば無理やり言わされたようなものだけど、これは自分が撒いた種でもあることはわかっているからなにも言えない。
 これまで、僕の一言でその場が丸くおさまるなら……とへらへらと引き受けてきた自分が悪いのだ。

 それもこれも、この奇異な能力のせい。
 一方的に聞かされる心の声が、僕を世渡り上手にさせ、空気の読めるヤツにしたんだ。

 当たり障りのない人間関係を築くことが、一番の安寧であり、僕はこの能力を使ってそれをうまく切り抜けていた。
 多少の面倒くささよりも、波風立てたくない気持ちのほうが上回ってしまうから。

 うんざりだった。

 なにかあってもなくても、人の心の声に嫌でも「闇」を見せつけられて。
 聞きたくも知りたくもない心の声と、ずっと付き合ってきた。

 これまでも、そしてこれからも僕は、ずっとこの能力と生きていかなければならない。

 そう思うと、心の底から嫌気がさした。