枯桜病について調べている最中、たまたまそういったことを書いている記事を見つけてしまった。無性に苛立ちを覚えながらさらに調べていくと、案外少なくない数の人々がそう定説していることを知った。SNSでもときおり、あまりにも軽々しく、自分もそんなふうに死にたいとつぶやいている人がいる。

 なぜ、そんなことを言えるのか。
 俺にはどうしても理解できなかった。
 人の死は、存外すぐそばにあるものだ。
 それは命あるものに必然と付き纏う宿命でもある。
 身近な人間に限定せずとも、世界では一秒にふたり人が死んでいると言うし、生きている限り自分だって決して例外ではない。
 怪我も病もなく寿命を全うし、いわば老衰で死ぬことができる人間なんてほとんどいないのだ。今この瞬間だって、もしかしたら体のなかのどこかは病に浸蝕されているのかもしれない。二分後には命を危ぶむ事故に遭っているかもしれない。
 なぜ人は、そういうゼロではない可能性に自分は含まれないと思ってしまうのか。
 なかば八つ当たり気味に走らせていた鉛筆をぴたりと止めて、俺はおもむろに立ち上がった。格子窓を開けると、途端に夏のむわりとした生温い空気が流れ込んでくる。

 ……夏は、嫌いだ。

「あっつ……」

 こううだるような暑さでは、まともに気分転換もできやしない。
 すぐに閉めて、ついでにカーテンも引いた。
 そのままの足でアトリエ──もとい自宅の離れを出て、母屋へ足を向ける。
 隅々まで職人に手入れされた日本庭園風の中庭を横目に縁側の板間を踏み、無人の和室をいくつか通り抜けて、奥の炊事場へ。
 すると、先客が「あら?」とほんわかとした声を落としながら振り返った。

「珍しいですね。結生さんがここへ来るの」

「幸枝さん」

 一瞬、彼女の後姿が、今は亡き母に重なって見えた。どきりと跳ねた心臓を悟られないように、俺は平然を装いながら「こんにちは」と小さな声で返す。

「ちょっと、喉が渇いて」

「夏場ですからね。こまめに水分補給しないと脱水症状になってしまいますよ」

「うん。兄さんたちは?」

「正隆さんはいつも通りお仕事です。千代春さんは……そうですね、私室にいらっしゃるんじゃないでしょうか。この時間ですと、お稽古中だと思います」

 そう、と俺は軽く会釈しながら冷蔵庫を開ける。