病室に飛び込んできた愁は、泣いている私を見て悲鳴じみた声を上げた。派手に足を縺れさせて、あやうく転びかけながら、ベッドに縋りついてくる。
「どうしたの、まだ、どっか痛いんじゃ……っ」
「ちが、ちがうの。ごめんね、愁」
弟は、私よりもよっぽど泣き腫らした目をしていた。
不意に小さい頃のことを思いだした。
いつ、どんなときも、私の後を追いかけてきていた愁。自分が一緒に行けないとわかると、こんなふうに目と鼻が真っ赤になるまで泣いていた。
いつまでも小さいままだと思っていた弟が、あっという間に私を追い越して、知らぬ間に大人になってゆく。それをずっと、寂しく感じていた。
でも、やっぱり、愁は愁だ。
どれだけ身体が大人になっても、たったひとりの弟であることに変わりはない。
「痛くない。平気だよ、愁」
そもそも私は、もうほぼ『痛覚』がなくなっている。どれだけ苦しくとも、そこに痛みは感じない。それをあえて伝えることはしないけれど。
「で、でも……っ」
「心配かけてごめんね。大丈夫、お姉ちゃんはちゃんと生きてるよ」
自分の涙を拭ってから、安心させるように愁に微笑みかける。その瞬間、愁は濡れそぼった瞳から、ふたたび大粒の涙を溢れさせた。
そんな愁を撫でたくても、肝心な体が起き上がらない。
まるで重力が倍になったみたいだ。
泣いている弟の涙も掬ってやれないなんて──なんて、情けないんだろう。
やりきれない思いを奥歯でぐっと噛みしめたそのとき、ノックと同時に病室の扉が開いた。
「鈴ちゃん」
入ってきたのは、発病以来ずっとお世話になっている、主治医の伊藤先生だった。
まだ三十代という若さで枯桜病の研究の第一線に携わっている研究者であり、聞いた話、この界隈ではとても名の知れている人らしい。
伊藤先生は泣いている愁に驚いたような顔をしながらも、素早く目で心電図を確認しながら「びっくりしたねえ」と存外のんびりとした声をかけてくる。
「せん、せい……」
「うん。どこか気になる不調とかある?」
私は首を横に振る。
体が重いことくらい、先生もわかっているだろうと思ったから。
「そう、よかった」
先生は安堵したようにうなずき、神妙な面持ちでベッドの傍らにしゃがみこんだ。
「……あのね、ちょっと鈴ちゃんの心臓、動きが悪くなってるみたいなの」