それはただ、不器用ゆえのものだと私は知っているけれど、なんとなく話しかけづらいんだろうな、と思う。銀髪だし。本人は無意識のようだが、いつも冷たい氷を纏っているような雰囲気を醸し出ているから、なおのこと怖がられてしまうらしい。
他ならぬ私だって、最初は大いに戸惑ったものだった。
「ごめんなさい、先輩。ちょっとままならない事情がありまして」
「……芸術とも取れない、その斬新なデザインの前髪と関係ある?」
「あ、そこ聞いちゃいます? みじんも関係ないですけど」
じっ、と。濁りのない澄んだ眼差しを向けられて、私はついたじろいでしまう。露わになった額を両手で抑える振りをして顔を隠しながら、たははと笑ってみせた。
「違うんですよ。こんなに短くするつもりはなかったんです。ただ、ちょーっと手が滑りまして」
私の前髪はいま、右側が極端に短く左側が長い状態だ。流行りのアシメだと誤魔化せないほど急な下り坂状態の前髪を見て、友だちの円香とかえちんはこう言った。
『お、思い切り具合が素敵だね、鈴ちゃん』
『さすが芸術家だよ。その発想はないわ』
私もない。言うまでもなく、思い切ったわけでもない。
いくら筆が乗らなくとも、髪をじぐざぐに切るなんて奇行には走らない自信がある。
長い髪が好きだという先輩の好みに合わせて伸ばしているのに、せっかくの努力が危うく水の泡になってしまう。
「直す暇もなかったんですよ。もう今日一日めちゃくちゃ恥ずかしくて」
「まぁ……いずれ伸びるだろうし、慣れればそのままでいい気もするけど。でも、そんなに気になるなら切ってあげようか」
「えっ」
「……よけいなお世話なら、」
「じゃないっ! なわけない!」
グイッと食い気味に否定すると、先輩はわずかに眦を下げながら苦笑した。
「必死」
「だ、だっていいんですか? 先輩の天才的な手腕を私に施したりなんかして……!」
「大袈裟でしょ。絵と散髪は違うし」
ベンチから立ち上がったユイ先輩は、私が手に持ったままだった鉛筆を抜き取ってキャンバスの横に置いた。まだアタリしか描かれていないモノクロのキャンバスだ。
今さらながら、はて、とささやかな疑問を浮かべる。
「あまり筆が乗らなかった感じです?」
「……まあ、ね」
一瞬の間ののち、ユイ先輩は小さく肩をすくめた。
「ハサミ、教室に行けばあるかな」