この時、アンジェリカはふと、思い出した。
かつて読んだ本には、こう書いてあったのを。
自分で死を選んだ人間は、神の国には行けずに怨霊として彷徨い続けると。
(素晴らしいじゃない……)
アンジェリカは、微かに微笑んでから再び叫んだ。
「この魂をかけて、あなた達を死ぬまで呪い続けてやるわ!!」
呪い。
この言葉で、空気が変わったのがアンジェリカには分かった。
やめろと、誰かが叫んだ。
でも、もう誰が叫んだのかなんか、アンジェリカには分からなかった。
すでにアンジェリカはこの時、自らの歯で舌を噛み切ったのだから。
でも、痛みは全くなかった。
生きている時よりずっと、アンジェリカはこの瞬間、確かに幸せだった。
それは、自分の意思で、自分の人生の最期を決めることができたから。
アンジェリカの視界も思考も、あっという間に黒く染まった。
アンジェリカが、ほんの少しでも振り向いて欲しいと思った、ルイの髪のような色が、人生の最期に見た色になったことだけは、アンジェリカは納得いかなかった。
そして次にアンジェリカの意識が戻った時、目の前に見たこともないような美しい扉があった。
それは、宙に浮いていた。
「扉が、浮いてる……?」
無意識にアンジェリカは声を出していた。
そしてまた1つ、アンジェリカは気づいた。
(口の中が痛くないし、血の味もしない。舌を思いっきり噛み切ったはずなのに……それどころか、妙に身体が軽いわ)
処刑場に連れて行かれる直前まで、腐った水を飲まされたり、国民たちに石をぶつけられていたので、アンジェリカの身体は立っていることすらやっとな状態だった。
(どういう事なのかしら……?)
疑問が、次々と浮かび上がってくる。
だが、それらを考えようとアンジェリカが顔を上げると、浮いている扉から漏れる光が目に入った。
(温かい……)
ふかふかの毛布に包まれているかのような、心地よい光が自分を呼んでいる気がすると、アンジェリカは感じた。
でも、その扉に近づく方法がアンジェリカには分からなかった。
(ジャンプすれば、届くかしら?)
目算して、2階建てのお屋敷程度の高さだとアンジェリカは考えた。
羽が生えたように身体が軽いので、今なら飛べるのではないかとアンジェリカは思ったので、右足を蹴ってジャンプしようとした。
その時だった。声がアンジェリカの真上から降ってきたのは。
「君はあの扉には近づけないよ」
見上げると、いつの間にか階段の形をした雲がそこにあった。
そして、降りてくる人影が見えた。
「…………誰?」
アンジェリカは警戒した。
階段の形をしていても、雲は雲。
肉と骨と水分の重さを持つ人間が、その上を歩けるはずはない。
つまり、声をかけてきたのは人間ではない可能性が高い……ということになるから。
「あなた、人間じゃないわね?」
再び、アンジェリカは尋ねた。
「どうして、そんなことを聞くのかな?」
「雲の上を歩ける人間なんて、いるはずないもの」
すると「あはははは」と笑う声が聞こえてきた。
「そうだね、ご名答。僕は人間ではないよ。君は、どうかな?」
「……え?」
「君の足元は、何?」
そう言われ、アンジェリカはすぐさま自分の足元を確認した。
「きゃっ!!!」
アンジェリカは、血の気が引きそうな思いをした。
アンジェリカの足元にも、雲が広がっていたから。
雲は、小さな水や氷の粒が集まってできているもので、土や石のような個体ではない。
(落ちる……!?)
咄嗟にアンジェリカはジャンプをしてしまった
さっきは2階建てのお屋敷の屋根程度の高さまでは跳べるのではないかと思ったが、実際はアンジェリカがバレエのレッスンで跳べる最高の高さまでが限界だった。
でも不思議なことに、アンジェリカの足が、雲を突き破って下に落ちることはなかった。
それどころか、普通なら「とんっ」と着地の足音や感覚があるはずなのに、一切それがない。
「ど、どういうこと?」
「君の今の状態が、幽霊だからだよ」
気がつけば、白いワンピースのようなものとズボンを履いた、白銀の髪を持つ美人がアンジェリカを見下ろしていた。
少し低いテノールの声でなければ、アンジェリカは確実に女性と間違えていたかもしれない。
「あなた……本当に誰なの……?」
「君たちがルナ教の神って呼んでる存在……って言った方が、通じるかな」
「ルナ教の神? あなたが?」
「そう」
ルナ教。それはソレイユ国民のほとんどが信じている宗教の名前。
アンジェリカたちの世界を作った神は月の化身であり、神が送る月の光によってアンジェリカたちの心身は操られていると言われている。
アンジェリカも、王妃教育の一環で宗教学も学んだ。
だが、アンジェリカにはその概念がイマイチ理解できず、ただ知識として「そういうものだ」と捉えるので精一杯だった。
家庭教師に「もう少し具体的に教えて欲しい」と聞いたこともあったが、「そういうものとして考えてください」の一点張りだった。
それに、神という存在にアンジェリカはどうにも懐疑的だった。
かつて読んだ本には、こう書いてあったのを。
自分で死を選んだ人間は、神の国には行けずに怨霊として彷徨い続けると。
(素晴らしいじゃない……)
アンジェリカは、微かに微笑んでから再び叫んだ。
「この魂をかけて、あなた達を死ぬまで呪い続けてやるわ!!」
呪い。
この言葉で、空気が変わったのがアンジェリカには分かった。
やめろと、誰かが叫んだ。
でも、もう誰が叫んだのかなんか、アンジェリカには分からなかった。
すでにアンジェリカはこの時、自らの歯で舌を噛み切ったのだから。
でも、痛みは全くなかった。
生きている時よりずっと、アンジェリカはこの瞬間、確かに幸せだった。
それは、自分の意思で、自分の人生の最期を決めることができたから。
アンジェリカの視界も思考も、あっという間に黒く染まった。
アンジェリカが、ほんの少しでも振り向いて欲しいと思った、ルイの髪のような色が、人生の最期に見た色になったことだけは、アンジェリカは納得いかなかった。
そして次にアンジェリカの意識が戻った時、目の前に見たこともないような美しい扉があった。
それは、宙に浮いていた。
「扉が、浮いてる……?」
無意識にアンジェリカは声を出していた。
そしてまた1つ、アンジェリカは気づいた。
(口の中が痛くないし、血の味もしない。舌を思いっきり噛み切ったはずなのに……それどころか、妙に身体が軽いわ)
処刑場に連れて行かれる直前まで、腐った水を飲まされたり、国民たちに石をぶつけられていたので、アンジェリカの身体は立っていることすらやっとな状態だった。
(どういう事なのかしら……?)
疑問が、次々と浮かび上がってくる。
だが、それらを考えようとアンジェリカが顔を上げると、浮いている扉から漏れる光が目に入った。
(温かい……)
ふかふかの毛布に包まれているかのような、心地よい光が自分を呼んでいる気がすると、アンジェリカは感じた。
でも、その扉に近づく方法がアンジェリカには分からなかった。
(ジャンプすれば、届くかしら?)
目算して、2階建てのお屋敷程度の高さだとアンジェリカは考えた。
羽が生えたように身体が軽いので、今なら飛べるのではないかとアンジェリカは思ったので、右足を蹴ってジャンプしようとした。
その時だった。声がアンジェリカの真上から降ってきたのは。
「君はあの扉には近づけないよ」
見上げると、いつの間にか階段の形をした雲がそこにあった。
そして、降りてくる人影が見えた。
「…………誰?」
アンジェリカは警戒した。
階段の形をしていても、雲は雲。
肉と骨と水分の重さを持つ人間が、その上を歩けるはずはない。
つまり、声をかけてきたのは人間ではない可能性が高い……ということになるから。
「あなた、人間じゃないわね?」
再び、アンジェリカは尋ねた。
「どうして、そんなことを聞くのかな?」
「雲の上を歩ける人間なんて、いるはずないもの」
すると「あはははは」と笑う声が聞こえてきた。
「そうだね、ご名答。僕は人間ではないよ。君は、どうかな?」
「……え?」
「君の足元は、何?」
そう言われ、アンジェリカはすぐさま自分の足元を確認した。
「きゃっ!!!」
アンジェリカは、血の気が引きそうな思いをした。
アンジェリカの足元にも、雲が広がっていたから。
雲は、小さな水や氷の粒が集まってできているもので、土や石のような個体ではない。
(落ちる……!?)
咄嗟にアンジェリカはジャンプをしてしまった
さっきは2階建てのお屋敷の屋根程度の高さまでは跳べるのではないかと思ったが、実際はアンジェリカがバレエのレッスンで跳べる最高の高さまでが限界だった。
でも不思議なことに、アンジェリカの足が、雲を突き破って下に落ちることはなかった。
それどころか、普通なら「とんっ」と着地の足音や感覚があるはずなのに、一切それがない。
「ど、どういうこと?」
「君の今の状態が、幽霊だからだよ」
気がつけば、白いワンピースのようなものとズボンを履いた、白銀の髪を持つ美人がアンジェリカを見下ろしていた。
少し低いテノールの声でなければ、アンジェリカは確実に女性と間違えていたかもしれない。
「あなた……本当に誰なの……?」
「君たちがルナ教の神って呼んでる存在……って言った方が、通じるかな」
「ルナ教の神? あなたが?」
「そう」
ルナ教。それはソレイユ国民のほとんどが信じている宗教の名前。
アンジェリカたちの世界を作った神は月の化身であり、神が送る月の光によってアンジェリカたちの心身は操られていると言われている。
アンジェリカも、王妃教育の一環で宗教学も学んだ。
だが、アンジェリカにはその概念がイマイチ理解できず、ただ知識として「そういうものだ」と捉えるので精一杯だった。
家庭教師に「もう少し具体的に教えて欲しい」と聞いたこともあったが、「そういうものとして考えてください」の一点張りだった。
それに、神という存在にアンジェリカはどうにも懐疑的だった。