アンジェリカは冷たい牢獄の中で、冷たいパンがドブネズミに齧られるのを見つめた。
その度に、たくさんの虚しさと悔しさが、涙と共に溢れ出した。
(これだけ、私は尽くしてきたのに……それでも、ダメだったの……?)
公爵にも、ルイにも、そしてこのソレイユ国の国民のためにも。
でも、こんな状況になっても誰も助けてくれない。
それどころか、まるでゴミを見るような目でアンジェリカに訴えかけてきた。
「お前なんか早く消えてしまえ」
と。
(こんな結末のために、私は歯を食いしばって生きてきたわけではなかったのに)
アンジェリカはただ、この世界に自分が生まれてしまった理由が欲しかった。
「生きていても良いよ」と、誰かに言って欲しかった。
だから、自分を押し殺してでも耐えてきたのに。
(なんて、無様なのかしら……)
思えば、誰かの理想通りに頑張れば、アンジェリカの理想通りの言葉や反応が貰えるなんて、誰も言っていなかった。
ただ勝手に「そうなるだろう」と、催眠術にかかったようにアンジェリカは信じ込んでいた。
その結果が、これだ。
ネズミは、いつの間にか去っていた。好き勝手に齧ったパンだけを残して。
もうそのパンは、誰かが食べたいと思う程の価値は、消えている。
アンジェリカは、自分もまた、このパンと同じなのだと悟ってしまった。
飽きるまで食べた残飯の事など気にしない。
別の人間が食べようが、無惨に踏み潰されようが。
(もっと早く気づけば、私は……私の人生を取り戻せたのかしら……?)
何度も、何度も何度も繰り返し考えては、アンジェリカは自分の愚かさを恨めしく思った。
そうして、やってきた命の終わり。
そこでアンジェリカは、衝撃的な光景を目にした。
「ど、どうして……」
縄で手を縛られ、処刑人たちに引っ張られるアンジェリカを高みの見物していたのは、国王陛下とルイ、そして横にアリエルがいた。
とても、元気そうだった。
1週間前に毒を盛られたはずの人間が、どうして和かに座っていられるのだろうか。
アンジェリカは、理解が追いつかなかった。
ただ、雲一つない太陽の光に照らされたはちみつ色の髪が、アンジェリカの目を潰してくるくらい、眩しくて痛かった。
「何を見ている!」
アンジェリカは、処刑人によって頭を殴られて1度地面を見させられた。
その時、ぽたりと地面にアンジェリカの血の花が咲く。
どんどん、その花は増えていく。
まるで、アンジェリカの死地へと案内するかのように……。
(…………私は…………ここで終わってしまうのね)
この時までは、ただ、悲しさと虚しさと、そこからくる吐き気だけがアンジェリカを支配した。
けれど、そんな私に最後の大きな感情……怒りを爆発させるきっかけが、訪れた。
それは、私が絞首台の下につき、すでに死地へと旅立った2人の亡骸を眺めさせられた時。
「ふふふ」
声がした。
甘い、砂糖水のような声が。
アンジェリカは、自分が、呼ばれたような気がした。
だから、顔を上げたのだ。
すると、合ってしまった。
アンジェリカと同じ……けれどもずっと邪悪に輝くブルーサファイアの色の目と。
その瞬間、それはひどく醜い三日月の形に変わった。
(そういうこと…………なの…………)
アンジェリカは、気づいてしまった。
全て、アリエルが仕組んだことであることに。
(きっと、毒も自分で入れたのだろう。死なない程度に)
目的はたった1つ。
アリエルにとって邪魔なアンジェリカを消すため。
ただ、それだけ。
コレットと母の犠牲なんて、アリエルにはどうでもいい事。
ついでに死んでしまった虫、くらいにしか思っていないのだろう。
アリエルが望んだのは、アンジェリカの死。
ルイの正妃の肩書きを、アンジェリカが持っている。
きっと、理由はそれだけ。
アリエルは、私が持つものを奪うことが大好きだから。
自分が1番ではないことが、何よりも許せないから。
アンジェリカが簡単に推測できてしまうくらいに、アリエルの唇は邪悪に動いたのだ。
「お姉様、早く死んで」
と。
(私には、それしかなかったのに……それだけにすがるしか、なかったのに……!)
アリエルが見たいのは、無様にアンジェリカが豚肉のようにぶら下がることだろうと、アンジェリカは思った。
もしかすると、石をぶつけたり、蹴りを入れる気かもしれない。
そうして、飽きたら捨てるのだ。
あの、ネズミが食べ散らかしたパンのように。
それが、アリエルという、皆が天使と呼ぶ女の正体。
(そんな天使の皮を被った悪魔が、私を死の旅路に導こうなんて……許せるはずは、ない……!)
「何をする……!」
アンジェリカは、自分を捕えている縄を持つ処刑人の股間に蹴りを入れた。
処刑人は、一瞬怯んだ。
アンジェリカは、それを見逃さなかった。
アンジェリカが死ぬのを、今か今かと待っている蛆虫共は騒ぎ立てた。
「大人しく死ね!」
「死んじまえ!」
そんな声が轟く中、アンジェリカは叫んだ。
はちみつ色の悪魔に向かって。
「あなたなんかにこれ以上、私の命を自由になんかさせない!!」
アンジェリカの言葉に、はちみつ色の悪魔は笑った。
「何ができるの? あなたは死ぬのよ?」
と言いたげな顔をして。
(生きている間は、他人の意のままに操られた。死ぬ時くらいは、自分の意思で死にたい。生まれる時には、場所も家族も選べないのだから……!)
その度に、たくさんの虚しさと悔しさが、涙と共に溢れ出した。
(これだけ、私は尽くしてきたのに……それでも、ダメだったの……?)
公爵にも、ルイにも、そしてこのソレイユ国の国民のためにも。
でも、こんな状況になっても誰も助けてくれない。
それどころか、まるでゴミを見るような目でアンジェリカに訴えかけてきた。
「お前なんか早く消えてしまえ」
と。
(こんな結末のために、私は歯を食いしばって生きてきたわけではなかったのに)
アンジェリカはただ、この世界に自分が生まれてしまった理由が欲しかった。
「生きていても良いよ」と、誰かに言って欲しかった。
だから、自分を押し殺してでも耐えてきたのに。
(なんて、無様なのかしら……)
思えば、誰かの理想通りに頑張れば、アンジェリカの理想通りの言葉や反応が貰えるなんて、誰も言っていなかった。
ただ勝手に「そうなるだろう」と、催眠術にかかったようにアンジェリカは信じ込んでいた。
その結果が、これだ。
ネズミは、いつの間にか去っていた。好き勝手に齧ったパンだけを残して。
もうそのパンは、誰かが食べたいと思う程の価値は、消えている。
アンジェリカは、自分もまた、このパンと同じなのだと悟ってしまった。
飽きるまで食べた残飯の事など気にしない。
別の人間が食べようが、無惨に踏み潰されようが。
(もっと早く気づけば、私は……私の人生を取り戻せたのかしら……?)
何度も、何度も何度も繰り返し考えては、アンジェリカは自分の愚かさを恨めしく思った。
そうして、やってきた命の終わり。
そこでアンジェリカは、衝撃的な光景を目にした。
「ど、どうして……」
縄で手を縛られ、処刑人たちに引っ張られるアンジェリカを高みの見物していたのは、国王陛下とルイ、そして横にアリエルがいた。
とても、元気そうだった。
1週間前に毒を盛られたはずの人間が、どうして和かに座っていられるのだろうか。
アンジェリカは、理解が追いつかなかった。
ただ、雲一つない太陽の光に照らされたはちみつ色の髪が、アンジェリカの目を潰してくるくらい、眩しくて痛かった。
「何を見ている!」
アンジェリカは、処刑人によって頭を殴られて1度地面を見させられた。
その時、ぽたりと地面にアンジェリカの血の花が咲く。
どんどん、その花は増えていく。
まるで、アンジェリカの死地へと案内するかのように……。
(…………私は…………ここで終わってしまうのね)
この時までは、ただ、悲しさと虚しさと、そこからくる吐き気だけがアンジェリカを支配した。
けれど、そんな私に最後の大きな感情……怒りを爆発させるきっかけが、訪れた。
それは、私が絞首台の下につき、すでに死地へと旅立った2人の亡骸を眺めさせられた時。
「ふふふ」
声がした。
甘い、砂糖水のような声が。
アンジェリカは、自分が、呼ばれたような気がした。
だから、顔を上げたのだ。
すると、合ってしまった。
アンジェリカと同じ……けれどもずっと邪悪に輝くブルーサファイアの色の目と。
その瞬間、それはひどく醜い三日月の形に変わった。
(そういうこと…………なの…………)
アンジェリカは、気づいてしまった。
全て、アリエルが仕組んだことであることに。
(きっと、毒も自分で入れたのだろう。死なない程度に)
目的はたった1つ。
アリエルにとって邪魔なアンジェリカを消すため。
ただ、それだけ。
コレットと母の犠牲なんて、アリエルにはどうでもいい事。
ついでに死んでしまった虫、くらいにしか思っていないのだろう。
アリエルが望んだのは、アンジェリカの死。
ルイの正妃の肩書きを、アンジェリカが持っている。
きっと、理由はそれだけ。
アリエルは、私が持つものを奪うことが大好きだから。
自分が1番ではないことが、何よりも許せないから。
アンジェリカが簡単に推測できてしまうくらいに、アリエルの唇は邪悪に動いたのだ。
「お姉様、早く死んで」
と。
(私には、それしかなかったのに……それだけにすがるしか、なかったのに……!)
アリエルが見たいのは、無様にアンジェリカが豚肉のようにぶら下がることだろうと、アンジェリカは思った。
もしかすると、石をぶつけたり、蹴りを入れる気かもしれない。
そうして、飽きたら捨てるのだ。
あの、ネズミが食べ散らかしたパンのように。
それが、アリエルという、皆が天使と呼ぶ女の正体。
(そんな天使の皮を被った悪魔が、私を死の旅路に導こうなんて……許せるはずは、ない……!)
「何をする……!」
アンジェリカは、自分を捕えている縄を持つ処刑人の股間に蹴りを入れた。
処刑人は、一瞬怯んだ。
アンジェリカは、それを見逃さなかった。
アンジェリカが死ぬのを、今か今かと待っている蛆虫共は騒ぎ立てた。
「大人しく死ね!」
「死んじまえ!」
そんな声が轟く中、アンジェリカは叫んだ。
はちみつ色の悪魔に向かって。
「あなたなんかにこれ以上、私の命を自由になんかさせない!!」
アンジェリカの言葉に、はちみつ色の悪魔は笑った。
「何ができるの? あなたは死ぬのよ?」
と言いたげな顔をして。
(生きている間は、他人の意のままに操られた。死ぬ時くらいは、自分の意思で死にたい。生まれる時には、場所も家族も選べないのだから……!)