それから何十年と時は進んだ。

「桜の妖精さん、あの子のこと護ってください」

 ひとりのおばあさんがこの桜に手を合わせにきた。

 水原(みずはら)(あおい)。葵ちゃんか。いい名前だ。
 太陽に向かって成長する植物からとったらしい。

 太陽。
 花暖(かのん)も太陽みたいに暖かく花のような笑顔を浮かべる名前通りの女の子だった。


 見守るよ。
 花暖の親戚の子、葵ちゃんが紡ぐ物語を。
 生まれてきてくれてありがとう。おめでとう。


 葵ちゃんは神社の娘だった。
 その神社の掲示板に桜の木の絵があるのに気がつく。
 近づいてみると、

 優秀賞受賞
 『生きている証』
 大好きな友だちのことを想って描きました。

 息が止まった。
 まるで世界から音がすべて消え去ったような感覚がした。

 名前はないけど、これは花暖が描いていた絵だ。
 そっか。優秀賞受賞なんてしてたんだ。おめでとう。
 そして、ありがとう。


「この絵はわたしの親戚の方が描いたんですよ! 美しいですよね!」

 葵ちゃんが花暖の絵をお客さんに誇らしげに紹介していた。
 よかったね、花暖。
 なんだかこっちまでうれしくなった。


 そして数年後、葵ちゃんは亡くなった。
 花暖と同じ17歳という若さで。
 違う点といえば、不幸な事故だったこと。
 本来ならもっと生きることができたかもしれない。

 それとも歴史ってのは繰り返されるものなのだろうか。


「葵を生き返らせてほしい」

 ひとりの男の子が桜の木の前に立つ。

 伊織(いおり)くん。きみはあの頃の僕と同じことを願うんだね。
 僕はいまでもあの子を生き返らせてあげたい。
 あんな若いまま生涯を終わらせてほしくなかった。

 生と死のお願いにはそれに似合う対価がいることを説明する。
 そのとき、花暖のお姉ちゃん顔がぼんやりと浮かんだ。


「そこで俺は葵の運命をひっくり返してみせる」

 無理だよ。そんなこと。
 できるわけがない。

 それでも笑顔をつくって言う。

「その願い叶えてあげる。僕に証明してみせてよ。
 運命は変えることができるって」

 口だけならどうとでも言える。
 だから、証明してよ。僕に見せてよ。
 大事な自分を犠牲にしてまで、葵ちゃんのことを護る瞬間を。



 だれだって大切な人には生きていてほしい。
 そう願うでしょ。

 僕だって、彼女を生きたいって願いを叶えようとした。
 でも、生死の願いはどうしても叶えられなかった。
 なにか犠牲を払わなければならない。


 だから、葵ちゃん。伊織くん。

「運命なんて変わらない。変わらないんだよ」