♢夕陽屋(説明書)
不思議で奇妙な夕陽屋というお店があるという都市伝説を知っているだろうか? そこで売っている商品は普通のものではない。そのお店は、夕方のたそがれどきに強く願った人間にしか行くことのできない大変不思議なお店だということだ。
ただし、全部特別な力を持った商品だということなので取り扱い注意だ。
都市伝説のうわさでは、一見、趣のある昔ながらのレトロな店がまえらしい。店内にはお面や風車がかざられていて、縁日のような華やかさと夕暮れのさびしさが漂う店内だということだ。
店内には過去につながる公衆電話もあるらしい。そして、奥の部屋にはひとりの人間の一生を一冊の本にしたものがずらりと並べられている人生の書庫があるらしい。不思議がいっぱいの店内は私たちが知らない世界とつながっているのかもしれない。
店内には、中学生か高校生くらいのきれいな顔をした少年が一人いるということだ。名前は黄昏夕陽《たそがれゆうひ》。その少年が学生なのか、何歳なのかも今のところ不明だ。なぜ、こんなお店を開いているのか、なぜこんな不思議な商品を取り扱っているのか、謎に包まれた存在だ。よく地元にある昔ながらの商店のような存在なのかもしれない。その少年の目的は、子供たちに夢と希望を与えるためなのかもしれないし、我々に警告するためなのかもしれない。
夕陽屋に行って幸せになった者もいれば、不幸になった者もいるということだ。お菓子を食べたからといって、体に副作用もないし、味は非常においしいとのことだ。駄菓子屋感覚で値段は安く、一般的なお菓子と同じくらいの値段で売っているそうだ。
しかし、100円あれば不思議なお菓子をたくさん買うことができると思ったら大間違い。1度の買い物で1つしか買うことができない。しかし、過去の世界に通じる公衆電話の使用は買い物した者でも使うことは可能だということだ。その公衆電話は過去の電話番号を知っている人にしかつながらない。電話番号を知らない人や未来の世界につながることはない。
運が良ければ何回もお店を利用することもできるといううわさなので、たそがれどきに強く願ってみると案外何度も利用できるかもしれない。
この話はあくまで都市伝説レベルのうわさなので、本当かどうかはさだかではない。ここ最近は、店員の少年に会ったことがあるという小学生や中学生の話がインターネットや口コミでもうわさになっているらしい。うわさの力は強大だ。そして、うわさをたよりに今日もお店にたどりつく人間が現れる。
インターネットの情報は、本当かもしれないし、嘘かもしれない。だからこそ、自身の目で確かめてみないとわからないことは世の中にはたくさんある。
♢過去につながる公衆電話
たそがれどきに思いを念じると不思議なお店にたどりつける。そんな都市伝説を聞いたことがある。この話は小中学生の間では結構有名だけれど、実際どの程度の人が行ったことがあるのか、実在するのかどうかも確かめるすべがないので、あくまで都市伝説なのだろう。
霧生《きりゅう》かすみはもうすぐ中学1年生になる。少し前に妹が亡くなった。まだ、心の傷は消えていない。生まれつき病弱な妹は、長い間闘病生活を送っており、治るという見込みはほぼゼロだった。いつかはお別れの日が来ることを感じていた。わかっているはずのことだったが、家族が一人いなくなったという事実が受け入れられず、さびしい日々を送っていた。もうすぐ中学校に入学して、新しい生活がはじまる。部活に勉強に恋に友情に……考えただけでわくわくする日々がはじまるけれど、自分だけが楽しく生きることに罪悪感さえ感じていた。
妹だって、もっと生きたかったと思う。それなのに、病気という理不尽な運命をたどってしまった。かすみよりも幼いのに、これから生きて生活を送ることができない。これは永久に確定されてしまった未来なので、変えることはできない。
かすみはおばあちゃん子だったので、同居する祖母が高齢なのでいつ死んでしまうのかが気がかりで不安に押しつぶされそうになった。歳を重ねれば寿命が来ることはわかっているつもりでも、家族が次々といなくなってしまう現実を受け止めることはこわかった。大好きな母親や父親が死んでしまったらどうしよう……そんなことを考えるだけで心がしめつけられる。
「妹ともう一度話したい」
かすみは声に出して、薄暗くなってきた夕暮れの空を見上げた。西の空が赤い。昼でもない夜でもないこの不思議な時間がたそがれと呼ばれる時間なのだろう。青と赤が白い雲と混ざり合う紫色や濃い青色の空はかすみの好きな色だったりする。まるで、小学校を卒業したのに中学校に入学していない今の自分のようだ。昼でもない夜でもない夕暮れを今の自分のようにも感じた。
すると、思いが強まった瞬間に夕焼けの空の色が目の前に広がった。まるで秋の紅葉の季節にもみじが広がるような景色だ。そして、みたこともない建物が現れた。夕陽屋という看板があり、古びた昔ながらの木造の建物が目の前に現れた。
「これが、都市伝説のお店屋さん?」
おそるおそる入り口に近づき、横開きのドアを開けてみる。扉を開けて入る瞬間は、ドキドキのマックス状態だ。中に1歩、2歩、おそるおそる入ってみると中学生か高校生くらいの年上であろう少年がレジに座っていた。なんとなくだが古びた店にはおばあさんの店員がいることが定番のような気がしていたので、かすみにとって若い男性の店員というのは想定外の出来事だった。
きれいな顔立ちの少年は「いらっしゃい」とそっけなく言葉を発した。店員なのに決してしたでに出ることはなく、少し冷めた感じがクールであり、少しかっこよくも思えた。少年のうしろの壁には風車やおめんが並んでいた。まつりの屋台を思い出す。夕陽がふりそそぐ店内は秋祭りのような気配がした。そして、彼の肩の上に乗っているふわふわした綿のようなものが少し気になった。
「あの……過去につながる公衆電話ってありますか?」
「これのこと?」
少年は脇にある赤い電話を指さした。ボタン式の電話だったが、かすみは公衆電話を使用したことがあまりなかったので、どうやってかければいいのだろうと少し戸惑った。
「この電話、普通の電話じゃないから、かけたい日時をまずは押して。それから、相手の電話番号を押す」
「日時って1年前ならば2019って押せばいいのでしょうか?」
「西暦から日にちと時間を指定して、電話番号を押すとつながる。でも、ちょうど相手が外出していたり、話したい人以外が出ることもあるから運もあるかな」
そっけない感じで夕陽は説明をした。
「あなたはここの店員さん?」
「俺の名前は黄昏夕陽《たそがれゆうひ》。ここの店員だよ、肩にとまっているのは綿の妖精ふわわっていうんだ」
「ふわわ、かわいいのね。このお店はあなたの家族が経営しているの? まだ中学生か高校生くらいだよね? お手伝いしているのかなと思ったの」
「いや、俺はこの店の番人だよ。学生じゃないし」
「学生じゃないの?」
(もしかして、中学を卒業して高校を受験しなかったのかな……)
はじめて出会った目の前の少年のことがかすみは少し気になってしまった。
「こうみえて大人だけれど、年齢は秘密」
不思議なことを言う少年は、口元に一本指を当てて、はじめて少しだけ笑った。かすみは、謎の少年のきれいな顔立ちとさらさらの髪の毛がとてもきれいだと思った。
「この電話は何回でも使えるの?」
「この店にたどり着けたならば、何回でも使うことができるよ」
何度でも電話が使えるという事実と、これからも少年に会えるかもしれないということを確認したかすみは自然とうれしい気持ちになっていた。
「もしかして、この電話を使ったらあとで悪いことが起こるとか、そういったことはない?」
都市伝説でよくある怖い話を思い出して、少年に確認する。
「大丈夫、この電話は無害だよ。ここのお菓子と文房具は使い方次第で幸せにも不幸にもなるから、気をつけろ。うちの商品は1日1個しか買えないから。買いしめはだめだぞ」
「電話を貸して」
「10円入れたら、つながるぞ」
「普通の10円でいいの?」
「もちろん」
少年の横でかすみは電話をかけた。死んだ妹と話がしたいと思ってダイヤルをまわす。でも、妹が留守にしている可能性もあるし、日時までは覚えていない。うちの電話は母が出ることが多いので、代わってもらわないといけないが、私が自宅にいるのに私が電話をすることはおかしいだろう。怪しい人だと思われて切られてしまうかもしれない。
とりあえず自分が学校に行っている時間で、妹が在宅していそうな時間帯を選んで番号をプッシュする。
「もしもし」
母の声だ。すると、妹の声が部屋のどこかから聞こえてきた。
「ママ―」
今は聞くことができない妹の声を聞いただけで満足な気持ちになった。かすみは、少し慌てながら「間違いました」と言って電話を切った。今、もう話すことができない人の声を聞くという禁断であり不可能である領域に足を踏み入れたかすみの心は満足していた。
「ありがとう。この電話は10円を入れたら延長できるの?」
「この電話は普通の電話ではないから、10円で3分しか会話はできない。延長はできないんだ。でも、次回またこの店に足を踏み入れることができたら、同じ人と話すことは可能だよ」
「不思議なお菓子がいっぱいあるね」
かすみが商品を見ていると、きれいなあめを見つけた。それは、りんごあめのような光沢があり、まるで宝石のような輝きがあった。
「この赤いあめ、おいしそうだね。りんごあめみたいなつやだね」
「これは、寿命が見えるあめだ」
「なにそれ?」
かすみの大きな丸い目がさらに大きくなる。
「寿命を知りたい人の前でこのあめをなめると、その人の寿命が見えるんだ。でも、効果は1回だけ。一人の寿命しか見えない」
「寿命って生きられる長さだよね? それって決まっているの?」
「運命は決定していることだから、変えることはできないんだ」
「こっちにあるお菓子や文房具も面白そうだね」
「次回ここに来ることができたら売ってあげてもいいけれど。お菓子も文房具も不思議な力があるから、遊びで使うととんでもないことにもなるからな」
「このあめって危険なの? 見た感じの味はおいしそうな気がするけど」
「このあめのおいしさは保証するよ。でも、見える力が身に着くだけでそれ以上の能力が身につくわけじゃないから」
「自分の寿命も見えるの?」
「自分の寿命は見えるが、それはおすすめしないな。鏡にうつった寿命を見てがっかりした人はたくさんいる。もし、今日死ぬってわかったら絶望するだろ?」
「使い方次第で恐ろしいあめになるんだね」
「そのとおり」
「夕陽君、また会いに来るよ」
「たそがれどきに強い思いを念じたら会えるかもしれないな。ちゃんと妹と話をしたいんだろ?」
「次回は妹と話すことができたらいいな」
「最近、身近な家族がいなくなってしまうということが怖くって。私、おばあちゃん子だから。おばあちゃんは高齢だから、あと何年いきられるのかわからないでしょ。家族が死んでしまうことが怖いの。考えただけで胸がざわっとする変な気持ちになるの」
ふとかすみは奥のほうにある不思議なとびらを見つめた。とびらは重そうな作りだった。
「あのとびらの向こうには何があるの?」
「あのとびらの向こうは人生の書庫だよ。面白い本がたくさんあるから、俺は退屈することはないんだけどな」
「どんな本なの?」
「人間の一生が1冊の本になっているんだ。楽しい話もあれば、恐ろしい話もあるよ。でも、あの部屋には決して入ってはいけないよ」
その話をした夕陽の瞳が全然笑っていないので、何かとても危険なことがあるような気がして、かすみの背筋が一瞬凍った。
「人の人生を読むことができるのは番人だけ。俺はここの番人だから、読み放題だけれど、君自身や大切な家族の本だってあるのだから君は入るべきじゃないだろ」
踏み入れてはいけない領域……なんだかよくはわからないけれど、かすみは元々言うことを聞くタイプなので、だめだという場所に入ろうとは思わなかった。番人と名乗っているあたり……きっと普通の人間ではないのだろう。こんな不思議なもので埋め尽くされた空間にいる人が普通の人間であるはずはない。
「このあめはいくらですか?」
「10円だよ」
「特別なあめなのに安いんだね」
お金を置いて、あめを買う。
「値段は比較的安く設定しているよ。ものによっては高値がつくことだってあるけどね。この店の利用者は強い思いと願望があれば、子供から大人まで利用はできるよ」
「じゃあ、また来るよ!!」
「またの来店を待っているぞ」
かすみは一歩店を出る。すると、景色が先程の強く願った場所に変わった。時間は全然変わっておらず、夕焼けの色も全く変わっていなかった。さっき店で過ごした時間はなかったことになっているのだろうか? あの店にいる間だけ時が止まっているのかもしれない。この不思議な感覚と現象に少し驚いたが、あの少年のことが気になる。かすみはまた会いたいと思うのだった。
たそがれ時の夕焼けは徐々に赤から青に変わり、徐々に深い青に染まる。吸い込まれそうな大きな空の下で、かすみは自宅へ向かう。私たちは空の下ではちっぽけな存在だ。そして、手に握り締めたあめはもっと小さい。でも、いなくなったらさびしいと思える家族がいる。かすみの今回の目的は高齢の祖母の寿命を見ることだった。
「寿命なんてみてもいいことないのに、人間は知りたがり屋な生き物だよ」
ひとりごとを言う黄昏夕陽は人間を客観的に見ている少し冷めた少年だった。
♢寿命が見えるあめ
帰宅したかすみは、寿命が見えるあめの説明書を読んでみる。
『このあめはなめた人が最初に見た人のいのちの長さが見えます。1人分の寿命しか見えません』
真っ赤なあめを光に照らすと、透き通った宝石のようだった。お祭りのときに、りんごあめを食べたかったけれど買ってもらえなかった記憶を思い出す。りんごあめよりずっと小さいあめは偉大な力を持っている。魔法使いになったような気分になったかすみは、おばあちゃんの寿命が気になって仕方なかった。なぜ都市伝説で聞いたという不思議なお店にいってみようと思ったのか。それはかすみの弱さや不安が強かったからだ。家族が死んでしまうのが怖い、失いたくないという気持ちが大きかった。かすみは妹を亡くしていた。だからこそ、家族の中で一番高齢の祖母の寿命を見ようと思ったのだ。
おばあちゃんはとても優しい。生まれた時から同居していたし、お母さんのように厳しいことは言わない。いつもかわいがってくれるやさしい家族がいなくなってしまったら……考えただけで心が苦しい。心の穴が開いた場所に痛みが走るように感じた。
おばあちゃんを探す。いつものいすに座っている。お母さんは台所だ。この部屋には私とおばあちゃんしかいない。その部屋で私はおばあちゃんのほうをじっと見ながら、あめを袋から出し、口に入れた。
とろけていく感じは普通のあめとは違い、砂糖をなめたときの感覚に似ていた。あっという間にあめは溶けてしまった。深い甘さがかすみの舌を包んだ。その瞬間おばあちゃんの頭の上に日付が浮かんだ。『2020、4、10』これは、西暦と月日だろうか。だとしたら、今は4月1日なので、あと10日の命だということだろうか。
意外と近い数字に心は凍った。近くなる寿命をなんとか延ばす薬を夕陽屋の少年からもらわないといけない。そう思った瞬間にあめはあっという間に溶けてなくなり、数字は見えなくなった。きっとあのお店に不思議なお菓子や文房具が売っているだろう。幸い、お年玉も使っていないので、貯金がある。かすみは真剣なまなざしで貯金箱を見つめた。
これは、命の取引だ。なんとかしないとおばあちゃんと永遠にお別れになってしまう。かすみは焦る心を隠しながら、明日もたそがれ時にあのお店に行くことを決意した。
知らなかったことを知ってしまったということはいいことばかりではない。知らないから幸せなこともあるのかもしれない。
♢寿命が延びるラムネとせんべい
たそがれ時の時間がやってきた。今日は一日がとても長く感じていた。かすみは夕暮れ時を心待ちにしていた。昨日と同じ草原のわき道で、日が長くなってきている空に向かって強く願う。
「おばあちゃんの寿命をのばして!!」
かすみの想いは昨日よりもずっと強くなっていた。確実にあのお店に行けるだろうと思っていた。行けなければ、おばあちゃんの死期が近づくだけだ。そのねがいを胸に秘めたかすみの想いが夕陽屋へと届いたのだろうか。その瞬間にあたりの景色が変わる。夕焼けに囲まれたと感じる。先程の草原はなくなっていた。その代わり、昨日来た古びたレトロなお店が目の前に現れた。
かすみは昨日の緊張した気持ちとは違った気持ちでドアに手をかけた。2回目だと初めての時とは違い、気持ちに余裕ができるものだ。横開きの入り口のドアを開けると、少年がいた。お店特有のにおいがする。
「黄昏夕陽君にお願いがあるの」
「なんだよ、やぶからぼうに」
「あのね、おばあちゃんの寿命があとわずかしかないから、寿命を延ばす特別なお菓子が欲しいの」
「寿命が延びるって言っても一日でいいのか?」
「1年以上延ばすことができるアイテムとかない?」
「1年以上っていうのはないけれど、寿命が1日延びるラムネと1か月延びるせんべいっていうのがあるぞ」
「でも、おばあちゃん、歯が悪いから堅いものは食べられないかも」
「ラムネは10円だけど、せんべいのほうは100円するんだ」
「100円なら安いものだよね。おばあちゃん、ラムネ苦手かもしれない。あんまり食べているの見たことないし。せんべいはやわらかくしたら食べられるかな」
「これにはきまりがある。寿命が延びると教えたうえで食べさせると効果はなくなるから」
「そんなぁ。じゃあ、食べてって言っても好きでもないラムネは食べないかもしれない」
「歯が悪いならば、せんべいをお湯にひたして柔らかくするという手はあるけど、せんべいをお湯にひたして食べる人っていないしな」
夕陽がお湯にひたすという方法を提案した。
「お湯にひたすなんてちょっとした嫌がらせみたいになってるかも? でも寿命のためだからなんとか食べさせないと。せんべいのひとかけらだけでも効果はあるの?」
「ひとくち程度じゃあまり効果はないな」
「どうしよう」
「ここは、毎日何かに混ぜて飲ませるとか。薬だとでも言ってラムネをあげたほうがいいかもな」
「そうだね、でもここに来ることができなければラムネは買うことはできないんだよね。明日、ここに来ることができなければ確実に寿命が減ってしまうよね」
「そうだな。ここの品物は1日にひとつしか買えないから。1か月命が延びるせんべいをまずは食べさせてから、ラムネで延ばすっていうのもありだな」
アドバイスをしっかりしてくれる夕陽を頼もしく感じたかすみは、信頼という感情を抱いた。
「この店にいる時間ってもしかして、時間は止まっているの?」
「よくきづいたな」
「元に戻った時は、全然空が暗くなかったから」
「ここにどんなに長くいても時間が進むことはない」
「だから、夕陽君は歳を取らないで時間が止まっているとか?」
「なかなか鋭いな」
「不思議なお店の店員さんは絶対不思議な人でしょ」
「結構年上だと思うから、口のきき方に注意しろよ」
「明日からも毎日ラムネ買いに来ていい?」
「きたけりゃ、くればいい。でも、まとめてラムネを食べても1日しか延びないぞ。だから、毎日1つずつ食べること」
夕陽のきれいな瞳が夕日に照らされて、かすみを見つめた。この店はたくさんの不思議であふれていた。かすみは一瞬ドキッとしたが、妹と話すという目的を思い出して電話を借りることにした。
「電話かして」
「今日は話せるといいな」
少し夕陽の瞳が優しく感じる。夕陽の目じりが少々下がったように感じた。きっとこの少年は優しい人なのだろうとかすみは信じていた。
日付と時間を押して、その後電話をする。昨日とは少し離れた日付にした。家族が出かけたとか、そういった過去のことはメモを取っているわけではないし忘れている。勘を頼りになんとなくでしか電話をかけることができなかった。
トゥルルルル……
音が鳴るが、誰も出ない。出かけているのだろうか? 仕方ない、他の日に変えよう。そう思って電話を切る。
「電話の使用は1日1回だよ」
夕陽が冷めた瞳で説明する。
「ええぇ?? 聞いていないよ!! でも、過去の細かい家族の行動ってわかんないんだよね」
「だから過去への電話は難しいんだよ」
「自分が電話に出たらまずいとかないでしょうね?」
かすみは怖くなり、説明を求めた。
「もし、自分が出たら何も言わないで切ること」
「ぜんぜん説明してくれないから、わかんないよ」
「すごい勢いで電話をかけていたのはおまえだろ」
「これからは、危険なこととかあったらちゃんと教えてね。それと私の名前は霧生《きりゅう》かすみだよ。かすみって呼んでね」
「俺のことは夕陽でいいよ」
「じゃあ、夕陽君。今日はおせんべいを買って帰るよ」
かすみは100円玉を1枚出して店を出た。店をでると、いつもの街並みが広がっていた。かすみは急いで自宅に帰り、おばあちゃんに快くおせんべいを食べてもらうための作戦を練った。歯が悪いおばあちゃんは固いものは食べられない。このおせんべいを食べないと言われても、効果を説明することは無理なので、細かくして食べさせようと思った。しかし、ただくだいたせんべいを出しても見栄えも悪いし、食べてくれないかもしれない。そう思ったかすみは、くだいたせんべいをごはんにかけてみた。ちょうど夕食時で炊飯ジャーから出来上がりの音が聞こえたので、思いついたのだ。意外と見た目もおいしそうで、まさにふりかけだ。
「おいしそうでしょ? この食べ方、今流行しているんだよ」
「おいしそうだね。これならば、おばあちゃんも食べられるよ」
と言っておばあちゃんがほほ笑んだ。
無事ごはんを完食するのを見届けて、かすみはほっとした。これで一か月おばあちゃんの寿命が延びた。しかし、その次はどうしようか? そんなことを考えていた。1か月延びただけではお別れはすぐ来てしまう。またせんべいを食べさせよう。かすみはおばあちゃんの命を少しでも長くするために、運命を操りたいと思っていた。
♢寿命が見えるあめ ふたたび
「いらっしゃい」
「こんにちは」
いつものように笑顔で入ってきたのはかすみだった。
「実は、また寿命が見えるあめがほしいの」
「自分の寿命が見たくなった?」
何でも見透かした様子の夕陽が不気味でもあり頼もしくもあった。それは、信頼と疑いのような気持ちが混じっている気持ちの表れだった。しかし、なぜか昔から知っているようなおさななじみのような安心感が夕陽にはあった。
「ひいきしているお客様だからね」
「どういう意味?」
「そのままの意味だよ。特別なお客さんだと思っているから」
美しいまじめな顔でそんなことを言われたら、かすみは恋の期待をしてしまいそうだ。
「俺は、君の前世を知っているんだ。だから、ここに呼んだってのもあるかな」
「私は、自分の意志でここにきたつもりだったけれど……」
「でも、呼んだのは俺だよ」
よくわからない夕陽の言葉が少しもやもやしたが、今はあめを入手するという目的があった。自分の命の長さを知りたいと思った。普通、知らないほうがいいことなのだろう。なにかの予感がしたのかもしれないが、かすみは自分の命の長さがとても気になった。ここに来れば寿命が見える赤いあめがある。今日はここにきて、あめを買うことを決めていた。
「かすみは自分の寿命なんて知ってどうするの? 結構短かったらショックだと思うよ。だからおすすめはしないけど」
「短いならば寿命を延ばすお菓子があるでしょ」
「でも、不老不死になるわけじゃない」
「じゃあ10年延びるお菓子とかないの? 1日じゃなくて1年とか」
「あまり長いのはおすすめしてないんだ。いつ食べたか忘れる人が多くてね。10年後に食べようと思っていてもそのときになると忘れちゃうっていうのがよくあるんだ。だから、毎日食べるとか習慣づけしていたほうが食べ忘れがないんだよ」
「じゃあ、一気に食べればいいんじゃない?」
「いっきに食べても効力はないんだ。つまり、1日寿命がのびるあめを一気に食べても1日しか寿命はのびないのさ」
「ええ?? そうなの?? おばあちゃん、忘れっぽいし、私も忘れちゃうかもしれないから、その作戦はだめじゃん」
「あと、寿命をのばすあめだと相手に言ったら効果がない。薬でも飲み忘れがあるから、お菓子ならばなおさら食べ忘れるっていうことはありえるな」
「ちなみに1年以上寿命を延ばすお菓子ってないの?」
「今は販売していないんだ。そのお菓子には食べ忘れたとかどこにおいたか忘れたという事件が多くてね。特殊な食べ物だから、危険なんだ。誰かが食べたりすると困るから今は販売していないよ。あと、体に副作用が出るっていうのも大きいな」
「副作用って薬のせいで体に害が出るっていうものでしょ」
「そうだ。これは、体に負担がかかる。生きることは健康でいなければいけないのだけれど、無理に寿命をのばすことは人間の体には負担が大きいらしい。だから販売はしていないんだ」
「私、自分の寿命を見たいの。それで、1日でもいいから長く生きるためにここに通おうって思ったの」
「最初は過去に電話をしたいって目的だっただろ?」
「でも、欲が出たのかもしれない。ここに来るとすごいものがたくさんあるから」
かすみはありのままの本音を話す。
「人間は欲があるからな。だから、特別なかすみには何度もここへ来れるようにしてるんだけどさ。かすみの前世は俺がよく知っている人間だから」
「どういうこと?」
「そのうち話すときがくるかもな」
そういうと夕陽が真っ赤なつやのあるあめを差し出す。かすみは10円を支払い、あめを受け取った。そして、いつもと同じように公衆電話の前に立つ。
「この電話は何度でもかけられるの?」
「回数に制限はないよ」
「家族に私の正体を話してもいいの?」
「正体を話すと二度とその人間は電話を使うことができなくなるから」
「そーいう重要なこと、ちゃんと最初に言ってよ」
「かすみが何回も使うとは思わなかったんだよ」
「自分の正体を明かさず、過去の家族と本音で話すことは難しいよね」
「だから、過去にかけても何も解決にはならないんだよな。自分の本当の名前も身分も明かせないのだから」
「未来を変えてしまうことになってもいいの?」
「この電話で何か未来を変えたからって罰はない。未来が変わることは人生の書庫の本たちが書き換えてくれているから」
「人生の書庫って人間の一生の物語が入っている本がたくさんあるんでしょ」
「でも、かすみには見せられないけれど」
「そっか。私の寿命が変わってもあの本がちゃんと書き換えてくれるってことか」
少し安心したかすみは受話器を置き、電話をかけるのをやめた。
「夕陽君と話しているとなぜか安心するよ」
「また来い。おまえは自分の寿命をわかっていたほうがいいかもしれないな」
最後の夕陽の一言が気になった。寿命をわかっていたほうがいいの? 疑問が頭をぐるぐるまわる。でも、かすみは夕陽に会える事がとても楽しいと感じていた。
自分が未来の姉だということを明かさずに過去の妹と話すことは難しい。友達のふりをするのは無理があるし、せいぜい間違え電話をわざとかけて妹の声を聞くくらいしかできない。だから、本当に話したいことが話せないということに気づき、もう少しいい考えが浮かんでからかけてみようと思った。あまり間違い電話ばかりかけるのは、不自然だろう。最初は声だけを聞きたいと思っていたけれど、人間は欲張りなのかもしれない。もっとちゃんと話したいと思ってしまうのが本音だ。
家に帰宅すると、鏡を見つめる。でも、寿命を見るには少し勇気がいるような気がした。夕飯を食べてからあめをなめてみよう。落ち着かない気持ちで夕食を食べて自分の部屋に向かう。鏡をじっとみつめてあめをなめてみる。
2028、12,12
2028年?? かすみは自分の頭の上に出る数字を見てその短さに驚く。そして、どうすればあと5年で死なずに済むのかを確かめるために明日も夕陽屋へ行こうと決心した。
翌日の夕方――
「夕陽君、私の寿命あと5年なんだって!! 命を延ばしたいの!! 力を貸して!!!」
「自分の命の長さを見たのか」
夕陽は冷静な瞳でじっとかすみを見つめた。
「知っていたの?」
「かすみは特別だから、俺は寿命を延ばしてほしいと思ってここへ呼んだんだよ」
「特別ってどういうこと? 私たち会ったこともないじゃない?」
「かすみの前世は俺の大事な人だったんだよ。だから、この立場を利用して、えこひいきさせてもらったんだ」
「大事な人って?」
「秘密」
夕陽は口元は笑っていたけれど、目は笑っていなかった。それは彼の精一杯の笑顔だったのかもしれない。もしかしたらかすみは前世は夕陽の家族だったのかもしれないし、恋人や夕陽の好きな人だったのかもしれない。でも、そんなことをかすみは全く覚えていない。
夕陽が特別扱いしてくれたおかげで、かすみは寿命を延ばすことができるのだろうか。不安と疑問がかすみの中で、ぐるぐるまわる。昨日ほとんど寝ていなかったこともあって、かすみは目の前が真っ暗になって、意識が遠のいて、その場に倒れてしまった。もし、このお店で倒れたりしたら、元の世界に戻れなくなるのではないだろうか? そんな不安を抱きながらかすみは意識を失った。不安から来る疲れだったのかもしれない。
目を開けると、そこは知らない部屋だった。古びた和室の一室だろうか。天井は意外と高く、立派な柱のある木の家だった。ふかふかした布団が敷かれており、気づいたかすみは真新しい布団の上で寝ていた。白いのりの効いたふとんはパリッとしていて、新品の香りがした。
「気づいたか?」
ふすまの影から夕陽の顔が見えた。
「ごめん。私具合が悪くなって、めまいがして倒れたんだよね?」
「だから、自分の寿命を見ると必要以上の体力や精神力を使っちまう。そして、思わぬ結果だと何とかしようと考えてしまうが寿命はどうにもならない。そして、心も体も疲労しちまうんだ。でも、命の長さを知りたいのが人間の本心だよな」
「あなただって人間でしょ?」
かすみは人間を客観的に分析している少年を見て、疑問を投げかけてみる。なぜこの人はここでこんなことをしているのだろうか? 今まで思っていたけれどずっと考えないようにしていたことがあふれでてきた。
「正確に言えば、元人間かな? この空間は時間が止まっているから歳をとらないし、生きている人間ではないからな」
「あなたはずっと歳をとらずに病気にもならないの?」
「たまに君たちの世界にも行くけれど、歳を取るほど長くいないし、病気にはならないんだ。一度死んでいるからな」
一度死んでいるということを聞いたかすみは、意味を理解するのに時間がかかる。理解をしようとそのまましばらく黙っていたが、気を持ち直して質問を考えた。
「なぜこの店をやっているの?」
「罪滅ぼしってやつさ」
「どういうこと?」
「まずはかすみの寿命があと5年しかないからどうするかのほうが先だろ?」
そうだった、かすみは自分自身の大問題の解決のためにここへ来たことを思い出す。そして、心配で心配で、きのうの夜はほとんど眠ることができなかったから、倒れてしまったのかもしれないと思い返した。
「私は18歳で病気とか事故で死ぬのかな?」
「事故ならば防ぐことは可能だよな。前世のつみほろぼしをさせてほしい。一緒に解決しよう」
そう言って、夕陽は頭を下げた。
「寿命がのびるせんべいならば少し延ばせるよね」
「あれは、根本的な解決にはならないからな。前世のことはいずれ必要があれば話すけれど、俺は味方だということだけ頭に入れておいてほしい。それに、お菓子を一気に食べてもその分長くは生きられないという不便なものだ。食べ忘れたりすれば効果はないからな」
かすみは不安ながら、夕陽といい方向に持っていけるように何とか頑張ろうと心に決めた。きっとこの人は私を裏切らない。そんな気がした。
「かすみの前世の人とはずっと一緒にいよう、俺が守ると約束していたんだ。でも、結局守ることはできなかった。一緒にいることもできなかった……」
「結婚しようという話だったの?」
「いや、結婚とかそういった形だけのものではない。もっと深く真剣な約束だよ」
「恋愛関係だったの?」
「恋愛なんていうものよりずっと重く深いものさ」
そういった夕陽の瞳は遠くをながめていた。それは、かすみの前世を見ていたのかもしれない。
♢死んだ人と会えるミラクルキャラメル
かすみは夕陽屋の常連となった。かすみは常に死んだ妹と会いたいという気持ちがあるので、強いねがいを持っているから夕陽屋に行くことができているのかもしれない。そして、かすみは夕陽の特別な誰かだったという過去を持っているらしく、夕陽が招いているのかもしれない。
たそがれどきにしかいけないお店。そして、番人である不思議な存在の黄昏夕陽。最近は夕陽に会いたいという気持ちも混じりながらの来店だったりする。
かすみは妹を失ってから、会えない寂しさにおそわれることが時々ある。夕方から夜は特にその寂しさを感じる時間帯だった。闇に飲み込まれていくような感覚におちいる時間帯は昼と夜の境目だ。夕方という時間帯は昼でもなく夜ではない不確かさを感じた。それは世界でたった一人になったような孤独な気持ちになる時間で、とても怖いものだった。しかし、夕陽屋に出会ってからはその寂しさを紛らわせることができていた。
「こんにちは、夕陽君」
ドアを引くと、鈴の音が聞こえる。レジの後ろに飾ってある鈴が何個かかけてあるのだが、風に吹かれて鈴の音が不思議な音を奏でる。風鈴のようなその音は、華やかさと寂しさを兼ね備えていて、かすみにとっての夕方そのものだった。
「ねぇ、死んだ人に会えるお菓子ってないの?」
「あるよ」
夕陽屋の商品は無限なのだろうか。際限なく色々な商品がどんどん出てくる。不思議な無限空間のようだった。でも、そんな便利な商品があるのならば、もっと早く教えてほしかった。夕陽のいじわるとかすみは心の中でため息をついた。
「ミラクルキャラメルっていうんだけど、溶けるまでの間だけ、話すことができるんだ」
夕陽がつまんだ商品はきれいな紙につつまれていて、輝いていた。ミラクルって日本語で奇跡という意味だ。奇跡がつまっているキャラメルはとても魅力的だ。
「会えるって言っても、肉体はもうないよ」
「死んだ時期に一番近い元気なときの姿で現れるんだ」
「元気だったころ……妹は病弱だったから」
「でも、話をできた時期はあったんだろ?」
「じゃあこのキャラメルをなめて、あそこにあるいすに座って」
店の角に小さなテーブルと机があった。そこにかすみが座った。そして、あとはキャラメルをなめるだけ。
「でも、このキャラメルをなめた人は、二度と会えないとかそういったことはないの?」
かすみは不安になって夕陽に質問した。
「大丈夫。キャラメルさえあればまた会えるけれど、このキャラメルは希少品なんだ。いつも夕陽屋にあるわけではないんだ。もちろんこれからも過去につながる公衆電話も使えるよ。電話の世界とはつながっていないから、別な世界になっている。電話をかけた時に夕陽屋の話をしても、電話をかけた過去の人間には通じない話だ」
かすみは一気に色々な説明を受けて一瞬頭が混乱したが、つまりここで会った人と過去の電話の妹は別人だということが少し考えて理解できた。
「でも、ここで会う死んだ人って、幽霊ってこと?」
「違うよ。生きていた時の残像だよ」
「残像……?」
「生きていた時の記憶で形が作られた人形みたいなものさ」
「普通に話したりできるんだよね?」
「できるよ。でも、キャラメルを食べた人の記憶の範囲でしか話をしないし、新しい話題をふっても同じような返事が返って来る程度さ。生きていた時に妹が話していたこととか、うんという簡単な返事になっちまうけど」
「じゃあ、本当の妹の気持ちを聞き出すことはできないの?」
「死人には意志がない。だから、記憶の中の応答でしか返ってこないだろうな。みんな勘違いしているけれど、死んだら意志はないんだ。生きている人の思い出の中で生きているだけなのさ」
「思い出と会話するってこと?」
「形はそのまま思い出の死んだ大切な人が現れる。それだけでほとんどの人は満足するのが、ミラクルキャラメルの特徴さ。俺の場合は死んでいるけれど、こうやって意志があるのはこの店の魔力なんだろうな」
死んだという奇妙な発言をする夕陽。かすみは、今回は確かめてみたいと決意して、夕陽に質問する。
「夕陽君って本当に死んでいるの?」
「まぁ、俺の話はまた今度っていうことで。まずは10円。そして、キャラメルを食べてみて。かんだりすると溶けるのが早くなるから、気をつけろよ」
「わかった」
夕陽の爆弾発言も気になるけれど、今は死んだ妹に会うという使命がある。かすみはキャラメルの包みをていねいに開けて、口に放りこんだ。
「甘くて、溶けそうな味。こんな味、はじめて!!」
興奮したかすみが興奮して頬を赤らめながらキャラメルを口の中で味わう。そのなめらかな舌触りは天下一品だった。
すると、目の前にかすみの死んだはずの妹が現れた。見た感じは透き通ることもなく、普通の人間だった。生きていた妹そのものだった。偽物ではない、絶対に妹だ。
「きりか、元気にしていた? 会いたかったよ」
かすみは妹のきりかに話しかける。死んでいる人に向かって元気なんておかしな話だけれど、挨拶というか社交辞令みたいなものだ。きりかは気にすることもなく
「元気だよ。お姉ちゃんは小学校楽しい?」
きりかはかすみが小学生のときに亡くなっている。だから、会話はかすみが小学生のときで止まっているようだ。
「お姉ちゃんは今、中学生になったんだよ」
「そっかー」
きりかの表情はあまり変わらない。そして、返事は生気のないものだった。人形みたいなものにしてはよくできているけれど、記憶で作られているせいか、きりかの言葉の種類は少ない。きっと記憶の中で作られたから、かすみの覚えている範囲の受け答えしかできないのだろう。
「きりか、少しでも長生きしてほしかったよ」
「病気治ればいいんだけどな」
きりかは病気だということをわかっているけれど、死んだということは知らないんだ。もうすこしで、キャラメルが溶けてしまう……。
「あなたと姉妹でよかった。また会おうね」
「おねーちゃんのこと大好きだよ」
きりかの表情は明るかった。まだそんなに病気がひどくないころだったのかもしれない。キャラメルが溶けると……きりかの姿はあとかたもなくなっていた。
「ありがとう。でも、記憶の姿だから、本人は死んでいることは知らないんだね」
「誰でも、いつ死ぬなんて知らないからな。記憶の中の妹は生きていたときの時間で止まっているんだ」
「死んだ人の時間は止まっているんだね。当たり前のことだけれど、実感できたよ。記憶の姿だけれど、会えたのはうれしいよ。生きている人が忘れないことが最大の供養なのかもしれないね」
「今時の若者のくせに、色々悟ってるじゃないか」
「そういえば、夕陽君って心臓止まっているの?」
「止まっていると思うけど。この空間は時間が止まっているからこれ以上老けないし、俺にはちゃんと意志がある」
「聞かせてよ!!」
「え……?」
かすみは夕陽の心臓の音を聞こうと胸に寄り添う。
夕陽は戸惑いを見せた。
「本当だ、夕陽君の胸から音が聞こえない」
ここで恋愛小説ならば夕陽の心臓が高鳴るところだが、心音は全く聞こえなかった。そして、夕陽の手はとても冷たかった。
「幽霊なの?」
「幽霊じゃないけれど、命とひきかえにここの店の店主となった。罪を償うために。そして、君に謝るために。前世ではごめんな」
「私、全然前世の記憶なんてないし、謝られても意味が分からないし……何があったの?」
「俺の記憶もそこまで鮮明には覚えていないんだ。そろそろお帰りの時間だよ。会えてよかった。ありがとう」
「え? もう会えないみたいなことを言わないでよ。私の寿命は夕陽君にかかっているんだから」
「大丈夫だよ。命をかけてでも君を守るから」
「もう、かける命はないんじゃないの?」
「そうだった。でも、全身全霊で守るよ」
「なんだか王子様みたい。ありがとう。またね」
少し頬を赤らめたかすみはにこっと笑って帰宅した。夕陽の頬も夕陽のせいなのか少し赤くなっているように見えた。
♢自分で死亡日時を決められるエンディングノート
寿命を延ばすための禁じ手アイテムがここにある。「エンディングノート」だ。現在大人たちの間で流行しているというエンディングノートとはちょっと違う。どんなノートかって? 人生の終わりに向かって歩いている大人たちのエンディングノートは、自分が死んだら葬式はこうしてほしいとか、自分の人生の記録を記すノートだ。
でも、夕陽屋のエンディングノートは未来日記に近いものだ。何歳で眠ったように死んでしまうとか、人生を決定するノートだ。書いたことが事実になるメモ帳と紙の成分は少し似ている。しかし、メモ帳はひとつしかねがいごとは書けないが、エンディングノートは自分の死ぬことに関することしか書けない。書いたことが事実になるノートと言ってもいいかもしれない。しかし、死ぬ日時と死因を書いたら、あとで書き足したり修正することもできない。使い方次第でおそろしい作用のあるノートだ。
自分は何歳でどのような死因で死ぬかを決定するのはとても難しいものだと思う。運命ならばしかたのないことだが、死ぬ日や時間を自分で決めないといけないということは誰でも大変悩むだろうし、死ぬ時期を知っているというのは死ぬまで辛い。使い方次第で自殺ノートにもなるのだ。
そして、効果が本物なので、とても危険な商品だ。だから、夕陽屋でも扱い方が普通の人間には難しいので、普段は売ることはないが、かすみのために入荷を決断した。夕陽が考えたのは、人生が決定していることを消すには、それなりに効力が強い商品で太刀打ちするしかない。考えに考えぬいた結果、これしか打つ手はないと夕陽は思った。
他に夕陽が思いついた商品の中には「夢をかなえるペン」というのもあったのだが、夢をかなえる効力だけでは寿命を延ばすには力不足だと夕陽は思った。
寿命を延ばし、人生を変えてしまうというのは人間の長い人生を変える大きな力が必要となる。大きな力には代償がともなうし、人生を自分で決めるというのは13歳にまだならない年齢の人間には過酷すぎるとも感じた。
もし、かすみが夕陽とこの時代に出会わなければ、幸せだったのかもしれない。そう考えると夕陽の心は後悔の気持ちにおそわれる。たとえ寿命が短くとも知らないでその時を迎えたほうが幸せだったのかもしれない。しかし、かすみは自分の寿命を知ってしまった。ならば、責任をもって夕陽が前世のつぐないをしよう。今こそ彼女に恩返しをしたいと思っていた。もう、前世の自分の名前も忘れてしまったけれど、それでも、思いだけは消えていなかった。
「かすみ、このノートを使ってみよう」
最近、ちょくちょく夕陽屋に来るかすみに向かって、心の距離が縮んできたと感じていた夕陽は思い切って切り出してみた。店外持ち出し禁止ともいえる商品を棚から出す。
「エンディングノートっていうんだ。これは、書いたことが本当になる力がある。死に方の希望をここに書いてほしい。そして、最後に死因と死亡日時を書いたらこのノートは修正できなくなる」
「これで寿命を延ばすの? でも、死に方の希望とか日時のねがいなんて思いつかないよ」
「ちゃんと考えてからでいいよ。これは使い方によっては自殺ノートにもなる。でも、これならばかすみの寿命は確実に長くなる。そのかわり自分が死ぬことを知っていながら生きていかなければいけない」
「代償は死ぬことを知っていながら生きていくこと?」
「それも代償のひとつだけれど、このノートを使ったら夕陽屋のことは忘れてしまうんだ。でも、死ぬ日だけはなぜか覚えていると思うよ」
「夕陽君のことを忘れてしまうの?」
「元々俺たちは知り合いではなかった。だから、それでいいだろ?」
「私とあなたは前世で恋人だったの?」
「血のつながらない兄と妹だよ。前世で義理の妹を守れなかった。そして、妹は死んだ。それ以上のことは俺は覚えていない。でも、ようやく生まれ変わりの妹に会えた。だから、この世界でつぐなわせてほしい」
「でも、本当にあなたの妹だったのかもわからないし……」
「俺にはわかる。かすみは俺が愛していた大切な人だ」
夕陽のまなざしはとても真剣でまっすぐだった。少し、涙を浮かべているような気もする。同級生の男子にもそんなセリフを言われたことがないかすみは顔が真っ赤になる。そして、初恋のような淡いけれどとても大切な人を想う気持ちを感じた。この人を忘れたくない。でも、忘れなければいけないの?
「他に未来を変える商品はないの?」
「……」
夕陽は黙ってしまった。
夕陽を忘れたくないと思ったかすみは必死に店内の商品をくまなく探す。もしかしたら、夕陽を忘れずに未来を変える商品を見つけられるかもしれない。過去へつながる公衆電話も使えないかを考えたが、5年後の自分の死は過去を変えることで変わるものではないと思えた。
「寿命をのばすラムネやせんべいを食べればなんとかなるよね」
「大人になると周波数が合わなくなって夕陽屋に来れるとは限らないしな。あのお菓子は、一時しのぎでしかないんだ。老衰ならば太刀打ちできるけれど、突発的な事故ならば効き目が薄いと思う」
「事実を変えることができるメモ帳は? 死なないってかけばいいでしょ?」
「不死はこのメモ帳ではねがえないからな」
「じゃあ5年後に死なないと書くとか」
「5年後に死ななくても6年後に死ぬってこともある」
「事実を消すことができる消しゴムは?」
「まだ死んではいないから、事実にはならない」
「私が死んだら夕陽君が消しゴムで死んだ事実を消して」
「俺は死んだ人間だ。そちらの世界に直接的に関わって生き返らせることはできないんだ。ここの商品は俺には効かないし、使っても意味をなさないんだ」
かすみは思いつくだけ提案してみる。
「病気を吹き飛ばす風車とかは?」
「病気が死因なのか今のところはわからないだろ」
「じゃあ、人生の書庫で未来のページは読めないの?」
「人生の書庫の本は毎日文字が自動的に増えている。未来を読むことはできないんだ」
「じゃあ、このエンディングノートしか手はないの?」
「他の商品だと決定した命に関わる未来を変える力は弱いと思う」
「私、夕陽君を忘れたくない」
「俺は忘れないよ。自分のために生きてほしい。来世でまた会おう」
「そのときは、もっともっと一緒にいようね」
かすみは涙を流した。忘れてしまうさびしい気持ちと夕陽と心が通じた気持ちが混じりあったような涙だった。その涙を夕陽の長くて細い指が拭ってくれる。心が通うというのはなんて心地がいいのだろう。どきどきしているはずなのに、落ち着いた気持ちになる。
「まだ時間はある。このノートを持っていけ。じっくり考えてからノートに書き込むんだ。そして、誰かに勝手に使われないように保管には注意しろよ。それと、寿命がのびるお菓子にはあまり期待するなよ」
あれから、しばらくたったが――かすみはまだこのノートに自分が死ぬ日を記すことができないでいた。自分で死ぬ日を決めるということはあまりにも自己責任が大きすぎるからだ。そして、寿命が途切れる前にこれを使って寿命を延ばせば、夕陽屋のことも黄昏夕陽のことも忘れてしまうという事実もかすみには大きな悲しみとなっていた。
それから、半年ほどで、おばあちゃんはあっけなく持病の悪化で突然亡くなってしまった。それは老衰と呼ばれるもので、寿命を全うしたのかもしれない。でも、寿命がのびるせんべいを食べさせていたのに、ラムネだって毎日渡していた。どうして……。
かすみはあれから、せんべいを1か月おきに食べさせた。そして、メモをとりながらラムネもその間のつなぎとして食べさせていた。
お母さんがおばあちゃんの部屋を掃除していると、引き出しからラムネが出てきたとお母さんが言っていた。おばあちゃんはラムネが好きではないけれど、ありがとうと受け取って、食べたふりをしていたみたいだ。渡したはずのせんべいも1枚出てきた。
「食べ忘れたのね」とお母さんは言ったが、おばあちゃんはだいぶ食欲がなくなっていたのは事実だった。寿命がなくなりつつあるとき、高齢になると食べる量が減るという。きっとお菓子を食べたいと思わなかったのかもしれない。最後に夕陽が言っていた「お菓子には期待をするな」という意味はそういったことなのだろう。それに、決まった寿命に対しての効果が必ずというわけではないという効き目の弱さについての話も気になった。寿命への万能薬はないのだろう。かすみは、自身のためにエンディングノートに真面目に向き合うことにした。