「依澄ちゃん、今日、かき氷食べに行かない? すごく美味しそうなお店、見つけたの」

 期末テストが終わって、帰りの支度をしていると、詩織ちゃんが満面の笑みでやって来た。

「咲楽ちゃんと由紀ちゃんは行くって。依澄ちゃんはどう?」
「ごめん、今日は先約があって」

 私が言うと、詩織ちゃんの眉尻は綺麗に下がった。

 申しわけない気持ちと、嬉しい気持ちが同時に芽生える。

「また今度、誘ってね」
「次も彼氏を優先しそうだけどね」

 詩織ちゃんの後ろから、意地悪な声がした。

 由紀も咲楽も、まるで悪役のような笑みをしている。

 約束の相手は言っていない。

 それなのにわかったのは、私たちの告白シーンが学校中で噂になってしまったから。

 お陰様で、私たちは全校生徒公認のカップルだ。

「……しないよ」
「どうだか」

 咲楽たちは顔を見合わせる。

 この二人は似た者同士みたいで、私からしてみれば、仲良くなってほしくない二人だった。

 すると、落ち込んでいた詩織ちゃんは、笑顔に戻った。

「依澄ちゃん、デート楽しんできてね」

 嫌味のない言葉を言ってくれるのは、詩織ちゃんだけだ。

 私は、彼女の言葉だけは素直に受け入れられる。

「ごめんね、詩織ちゃん」

 これ以上、咲楽と由紀にからかわれる前に、私は教室を出た。

 テスト終わりで浮かれるみんなの横をすり抜け、昇降口に向かう。

 先輩は先に着いていたらしい。

 靴に履き替え、前髪を整えてから、先輩に声をかける。

 私を見つけた夏川先輩は、相変わらず優しい眼をした。

「そういえば、バスケ部はよかったの?」

 校門をくぐると、先輩が心配そうな顔で、そんな質問をしてきた。

 私は、バスケ部に見学に行っておきながら、入部しなかったのだ。

 過去のことを知っているから、またなにか悩みがあるのかもしれないと、心配してくれたのだろう。

「いいんです。部活でがっつり練習するより、たまにみんなで楽しくバスケをするほうが、性に合ってたみたいなので」

 中学時代とは違う環境になれば、なにかが変わると思っていた。

 だけど、練習をすればするほど、楽しくなくなった。

 あのころより確実にいい環境で、人間関係もうまくいきそうだった。

 それでもそう感じてしまったのは、私に問題があったんだと思う。

 結局、環境だけでなく、私自身がどう感じるかが大事なんだと思った。

 私が楽しいと思わないと、意味がない。

 だとしたら、私にとっての“楽しい”を見つけていくほうがいいに決まっている。

「それに、私だって、どんなときでも夏川先輩の傍にいたいんですよ」

 すると、夏川先輩は照れて、私から視線を逸らした。

 その横顔が愛おしくて、私はスマホで先輩の写真を撮った。

「……今、撮った?」
「いつも先輩がしていることです」

 先輩は言葉に困って、なにも返してこなかった。

 こうして先輩と過ごす時間が増えて、私のフォルダは先輩との思い出で染まりつつある。

 見返すたびに、幸せな気持ちになる、幸せの宝箱。

「先輩、今日はどこに行きましょうか」

 私が笑いかけると、笑顔が返ってくる。

 絶望した世界が、先輩と出会えたことで、幸せな世界に変わった。

 私はもう、先輩と出会う前には戻れない。

 この幸せを噛み締めながら、これからも夏川先輩の隣を歩んでいく。



〈了〉