「逃げるな、古賀依澄!」

 翌朝、学校に行きたくなくて、ベッドの上で丸まっていたら、朝からうちに来ていた咲楽に怒鳴られた。

 私は驚いて、思わず顔を出す。

 ベッドの傍に座った咲楽は、真剣な表情をしている。

「依澄は、嫌なことから逃げるような子じゃない。自分の力で立ち向かえる、強い子だよ」

 その言葉は、思っている以上に心に響いた。

 咲楽の力強い声も相まって、目頭が熱くなる。

「一人が怖いなら、私がいる。私はどんなことがあっても、絶対に依澄の味方だから」

 私はゆっくりと体を起こす。

 これほど応援してくれる咲楽のためにも、頑張りたい気持ちは確かにある。

 だけど、少しだけ自信が伴わない。

「咲楽……今日も、可愛くしてくれる?」

 自分に自信を持つ方法を、それしか知らなかった。

 咲楽は任せなさいと言わんばかりに笑う。

「夏川栄治を一瞬で落とすレベルで可愛くしてあげる」

 そして咲楽にされるがままに、私は身支度を整えた。

 昨日よりも大きく、はっきりと見える瞳。ほんのりと赤い頬。ふっくらとした綺麗な唇。

 そのどれもが、私ではないようだった。

 髪型は、クラスマッチのときに咲楽がしてくれたもの。

 今日こそ、お揃いの髪型になった。

 完成した私を見て、咲楽は満足そうに笑う。

「依澄、どう?」
「最高だよ。さすが咲楽」

 暗い気持ちなんて気付けば消えていて、私は自然と笑顔を返すことができた。

 咲楽は私に抱きつき、スマホで写真を撮る。

 その出来栄えに、咲楽から笑顔が消えない。

「ありがとう、咲楽」
「何度でも可愛くしてあげるから、いつでも言って?」

 それは、今日言えなくても気にするなと言っているようだった。

 無理をしなくていい。

 そう思うと、心が軽くなる。

「ありがとう」

 この言葉は、何度言っても足りない気がした。

 でも、さすがに言いすぎたようで、咲楽は照れている。

「全部、私がしてあげたくてしてることだから、気にしないで」

 そして私たちは一緒に家を出た。

 昨日みたいな場面に出くわしてしまわないように、いつもより早い電車に乗り、学校に向かう。

 おかげで、まだ人が少ない時間に到着した。

 私は安心して、教室に入る。

 かなり暇を持て余してしまいそうだと思いながら、カバンから教科書やノートを取り出す。

 それらを机の中に入れようとすると、なにかに引っかかった。

 いつも空にして帰るから、妙だと思いつつ、手探りで入っているものを取り出す。

『古賀依澄へ』

 青色の、可愛い表紙にそう書かれたリングノートが入っていた。

 ノートに見覚えがなくて、恐る恐る表紙をめくる。