そう呟いて、僕は自分のクラスに戻った。

「おかえり、栄治。氷野ちゃんに殺されなかったみたいだな」

 なにがあったのかまったく知らない佐伯が、呑気に笑う。

「氷野には、ね」

 机には、蓋が閉められた弁当箱がある。

 佐伯が閉めてくれたらしい。

「どういうこと? てか、なんか疲れてない?」

 佐伯の質問に答えず、弁当箱を片付ける。

「昼、食べないのかよ」

 弁当箱だけでなく、机の中にあるものまでカバンに入れるから、佐伯は動揺した声を出す。

「早退する」
「はあ? おい、栄治。説明しろって」

 カバンを肩にかけたら、佐伯はそのカバンの紐を引っ張った。

「僕にしかできないことをするんだよ」

 佐伯は余計に混乱したみたいだけど、佐伯と話す時間はもったいなくて、僕は佐伯の手を離して、教室を出た。

 すれ違う人たちに不思議そうな視線を向けられながら、靴に履き替える。

「栄治、サボりか?」
「まあね」

 そうやって何人の生徒から声をかけられながら、校舎を離れていく。

 ふと、僕は振り返った。

 ほんの一ヶ月前にははじき出されたと思っていた場所が、また大事な場所に変わった。

 建物は何一つ変わっていないのに、僕の心が変わるだけで、こんなにも違うのか。

 これは全部、古賀がいてくれたから。

 古賀がいなかったら、僕は今でもどん底にいただろう。

 古賀が素直にたくさん伝えてくれたから、僕は前を向けた。

 そんな古賀のために、まだ僕にできることがあるなら、全部やりたい。

 全部やって、古賀に笑ってほしい。

「……明日までには終わらせるから、待ってて」

 それから僕は、外での用事を終えて家まで走った。



 家の鍵は開いていた。

「ただいま」

 靴を揃えることもせず、家に上がる。

「栄治?」

 母さんが驚いた様子で顔を覗かせた。

 キッチンから甘い香りがするということは、今日もお菓子作りをしていたのだろう。

「学校はどうしたの?」
「ちょっと、やりたいことがあって早退した」

 数回瞬きをして、母さんは怒ることなく微笑んだ。

「そっか」

 その反応に僕のほうが驚いてしまった。

 母さんはそのままキッチンに戻り、僕は部屋に向かう。

 少し前に服を定位置に片付けたことで、床が見えるようになった。

 僕の宝物たちは、棚に並んでいる。

 居心地のいい、僕の部屋。

 机の上にカバンを置き、買ってきたものたちを出していく。

「……よし」

 そして僕は、黙々と作業を始めた。