そのまま、一階の廊下を進む。

 半年くらい前までは、この階にいたはずなのに、知らない人ばかりだからか、妙に緊張した。

 藍田さんに教えられたクラスに行くと、彼女は廊下側の前の席で、一人でスマホを触っている。

 誰も寄せ付けようとしない雰囲気で、声をかけてもいいのか、戸惑ってしまった。

「夏川センパイ」

 その戸惑っている間に藍田さんが顔を上げ、僕に気付いた。

 周りを攻撃してしまいそうな冷たさはなくなり、わずかに穏やかになる。

 僕を慕ってくれていることは、その雰囲気を見ればわかる。

 藍田さんは立ち上がり、僕のもとにやって来た。

 僕は基本的に誰とでも接することができるタイプだと思っていたけど、どうやら、彼女に対してはそうではないらしい。

 僕はその勢いに圧倒されてしまって数歩後ずさったことで、僕たちは廊下に出る。

「夢莉に会いに来てくれたんですか? もしかして」
「ごめん、藍田さん」

 少し高い藍田さんの声を遮った。

 藍田さんが小さく首を傾げたことで、彼女は上目遣いになる。

「今日は改めて、断りに来たんだ」

 僕がそう言うと、静かに藍田さんの雰囲気が元に戻った。

 みっともなく恐ろしいと感じてしまう視線だ。

 氷野と似ている子だとは思っていたけど、これは氷野以上かもしれない。

 気に入らないものは壊してしまいそうな、そんな恐ろしさだ。

 このままでいるのは、きっと藍田さんにとってよくない。

 だけど、彼女には僕の声は届かない。

「……僕は、きっと藍田さんの希望に応えられないよ」
「そんなの、やってみないとわかんないじゃないですか」

 声に圧が込められる。

 やってみたら、納得してくれるのだろうか。

 もしそうなら引き受けようかと思ってしまうけど、そうすれば、また古賀を悲しませてしまう。

 大事にしたいものは、見失いたくない。

「藍田さんは……お気に入りの写真を撮ってくれる人なら、誰でもいいんじゃないかな」

 自分の声を聞いて、僕は藍田さんに怯えているのだとわかる。

 なんともかっこ悪い話だ。

「そんなに夢莉がイヤ?」

 なにを言っても、藍田さんを傷付けてしまいそうで、喉が締まる。

『夏川栄治には他人を傷付ける覚悟がないから、若干優しすぎるけど』

 氷野の、言う通りだ。

 藍田さんを傷付ける覚悟を、決めるんだ。

「君よりも、撮りたい人がいる」

 昼休みの廊下なのに、周りの音が聞こえない。

 全ての意識が、藍田さんに集中する。

 藍田さんは俯いていて、どんな表情をしているのか、まったく見えない。

 すると、ため息が聞こえてきた。

「……わかりました。夏川センパイのことは諦めます」

 藍田さんは一瞥もくれず、教室に戻って行った。

 一人になって、ようやく息がてきたような気がした。

「情けない……」