「ごめんね、咲楽……いっぱい協力してくれたのに」

 古賀らしくない、弱々しい声が聞こえてくる。

 氷野が怒っていたのは、僕がまた知らないうちに、古賀を傷つけたからだろうか。

 でも、最近は古賀と話せていないし、前みたいなことは起きていないはずだ。

「……敵わないって、思っちゃった」
「依澄が? 藍田に?」

 氷野ははっきりとは言わないけど、その声のトーンが、そんなわけないと言っているのがわかる。

 古賀が一番な氷野らしい言い方だ。

 そんなことを思いながら、ふと気付いた。

 敵わないって、どういうことだろう。

 都合のいい解釈があっているならば、これは僕が聞いていい会話ではない。

 でも、僕はこの場を去ろうとは思わなかった。

「あの子、すごく可愛かった。髪型も、メイクも、笑顔も、声も。夏川先輩が好きだって、全部で伝えてるみたいだった」

 古賀の声は、苦しそうだ。

 だから、こんなことを今思うのは間違っているとわかっているけど、嬉しいと思わずにはいられなかった。

「違う。藍田は、自分を輝かせてくれる写真係がほしいだけ」

 あのときの会話を聞いていたから、氷野は力強く否定した。

 まさしく、氷野の言う通りだ。

「それで夏川先輩を選んだってことは、藍田さんも夏川先輩の写真が好きってことでしょ?」

 だけど、古賀は信じなかった。

 自分自身の状況と、藍田さんの状況が似ていると思っているのだろうか。

「多分ね、夏川先輩の写真が好きな人って、いっぱいいると思うんだ。みんな、先輩に言わないだけで。最初はモヤモヤしてた。なんで言わないの? そういうのは、伝えてあげようよって」

 古賀がそう思っているだろうという場面は、いくつかあった。

 花奈さんと話しているとき。篠崎さんたちと対峙したとき。

 素直に伝えられる古賀だから、そういうことには不満があったのだろう。

「でも、藍田さんが伝えているのを見て、私、嫌だなって……」
「夏川栄治は私のなのに!って?」

 氷野の声は少しだけ大きくなった。

 僕に聞かせるために言ったみたいだった。

「違っ……もう、咲楽、意地悪」

 僕も、そう思う。

「慣れないメイクして、咲楽に髪を整えてもらったのに……勇気を武装したはずなのに……柚木先輩が言ってた通りだ……」

 古賀の声は小さくなり、聞こえなくなる。

 僕がしっかりと藍田さんの頼みを断れないことで、こんなにも古賀を苦しめていたなんて、思いもしなかった。

 氷野があの表情をするのも、当然だ。

 まずは、ちゃんと藍田さんと話をつけよう。

 これ以上、古賀を悲しませて、勘違いをさせたくない。

 そう思って、僕は静かにその場を離れる。