リビングに行くと、食卓で咲楽がトーストを咥えていた。

「咲楽? なんで?」
「依澄がちゃんとメイクできたか、確かめに来た」

 咲楽はトーストを置き、手を叩くことで、手についた粉を払う。

 そして私の前に立ち、じっと顔を見てきた。

 さすがと言うべきか、咲楽の身支度は完璧だ。

 逆に見惚れてしまっていると、咲楽が私の左目尻を親指で擦る。

「うん、上出来だね。後で髪やってあげる」

 微笑んで言うと、咲楽は席に戻った。

 今の笑顔が、私には無理して笑っているように見えた。

『咲楽ちゃんは寂しいんだね』

 昨日、柚木先輩が言っていたときには、咲楽が子供のように拗ねているようにしか見えなかった。

 私が咲楽の趣味に興味を示した理由が夏川先輩ということが、気に入らないのだと思っていた。

 今の笑顔も、同じ理由で作られたのかもしれない。

 だけど、柚木先輩が言った理由のほうが、しっくりときた。

「咲楽」

 私は咲楽の前に座り、名前を呼ぶ。

 トーストを食べきった咲楽は、水を飲みながら、視線だけ私に向ける。

「ありがとう。大好き」

 動揺して、咲楽は少しだけ水をこぼした。

 お母さんから布巾を受け取り、テーブルを拭く。

「……急にどうしたの」

 照れ隠しで少しだけ冷たい言い方になるのが、咲楽らしくて可愛い。

「咲楽と友達で幸せだなって思ったから、伝えてたくなった」

 照れて困った表情が本当に可愛らしくて、私は微笑ましくなる。

「……私だって、依澄のことが好きだよ」

 咲楽にそう返されて、私も咲楽と似たような反応になってしまった。

 お互いに恥ずかしい時間となり、それがおかしくて、私たちは吹き出すように笑う。

「仲良しさんたち、ゆっくりしてたら遅刻するよ」

 お母さんに言われて、私は急いでトーストを食べきる。

 そして洗面所に行き、咲楽に言われた通りに棒立ちをする。

 咲楽はヘアアイロンを使って、私の髪を整えていく。

 ショートカットだから、大きな変化はない。

 でも、好きに跳ねていた毛先がまとまっていると、いつもと違って見える。

「よし、可愛い」

 もう終わったらしく、咲楽は片付け始める。

「頑張れ」

 咲楽に軽く両肩を叩かれて、気合いが入る。

 改めて、自分は幸せ者だと感じながら、咲楽と学校に向かった。

 いつもより咲楽のオシャレ論に耳を傾けながら、通学路を進んでいく。

 私がちゃんと相槌を打つからか、咲楽は楽しそうだ。

「夏川センパイ、おはようございます」

 校門が近くなってから、可愛らしくて明るい声が聞こえてきた。

 名前に反応して、夏川先輩の姿を探す。

 すぐに見つかったのはいいけど、その傍に可愛い子がいて、胸が苦しくなる。

「アイツ……諦め悪い」

 咲楽の声のトーンが、一気に暗くなる。

 あの子が、昨日咲楽が言っていた子だろうか。

 私よりも上手で自然なメイクに、可愛い髪型。雰囲気も柔らかくて、女の子らしい。

 あんなにも可愛い子に勝てる気がしなくて、勇気がしぼんでいく音がした。