シャッター音に、氷野が反応する。

 ファインダー越しに、呆れた表情をする氷野と目が合った。

「私なんかより、依澄を撮ったら?」

 相変わらず、氷野の言葉にはトゲがある。

 さっきまで気にしていたことだからこそ、余計に刺さった。

 僕はカメラを下ろす。

 手持ち無沙汰なのか、氷野はまたボールを投げ始める。

「……最近、古賀に会ってないから」
「ああ、依澄、バスケ部に仮入部して忙しいんだよ」

 耳を疑った。

「本当に?」

 バスケ部にはいい思い出がないはずなのに、どうして。

 そう思わずにはいられなかった。

「この前のクラスマッチで、またバスケがやりたくなったんだって」

 辞めていたことが、やっぱり楽しいと知って再開する気持ちはわかる。

 だけど、不安に思う気持ちは、消えなかった。

「あと、夏川栄治が過去と向き合ったんだから、自分も向き合いたいってさ。依澄にとって、夏川栄治は憧れの存在なんだろうね」

 最後の一言のときだけ、声のトーンが変わった。

 その表情からも、氷野がからかう気持ちで言ったのがわかる。

 喜びと心配とちょっとした不満が混ざりあって、複雑な気持ちだ。

 これ以上考えても、頭が混乱するだけだろうから、僕は考えるのをやめた。

「氷野は、ここでなにをしてたの?」
「依澄を待ってる。もう、依澄の小さな変化も見逃したくないから」

 そこで一緒に入部するという選択をしないあたりが、氷野らしい。

「夏川栄治は体育館に行ってみたら? クラスマッチのときとは違う、真剣な依澄が見れるよ」

 その表情は、僕が古賀のことをどう思っているのか、知っているように見える。

「さっきも似たようなこと、言ってたよね? 僕、そんなにわかりやすい?」
「だって、依澄を見る目だけ違うもん」

 さすがに、その指摘は恥ずかしい。

「あと、自分でも言ってたでしょ。依澄が好きだから、励ましたいって」
「そう……だったね」

 古賀の過去を聞いたとき、そんな会話をしたことを思い出した。

「依澄に言わないの?」
「古賀がなにか頑張ろうとしているなら、今は多分、僕の気持ちは邪魔になる。だから言わないよ」

 自分から振っておきながら、興味なさそうな返事が返ってくる。

「夏川君! 今日はどの部活に行く予定?」

 会話のキャッチボールが上手くいかなくなって、どうしようかと悩んでいたら、頭上から叫び声が聞こえてきた。

 見上げると、七瀬さんが窓から乗り出している。

「……バスケ部!」

 迷ったけど、まんまと氷野の誘い文句に乗ってしまった。

「わかった!」

 七瀬さんはすぐに見えなくなる。

 そのやり取りを聞いていた氷野は、ニヤニヤと笑っている。

「……古賀には僕からちゃんと言うから、絶対言わないでよ」
「わかってますよ、夏川センパイ」

 氷野の嫌な笑みに見送られながら、僕は体育館に向かった。