私はゆっくりと深呼吸をする。

 ああ、今日の空は、こんなにも青かったのか。

 これはたしかに、クラスマッチ日和だ。

「……私にとって、世界は暗くて、しんどくて、灯りなんてない、地獄みたいなものでした。こんな地獄なら、いっそのこと消えてしまおうかとも思ったくらいに」

 小さく弱音をこぼしたことで、視界の端に見える先輩は、不安そうな目をしている。

 それでも、私のどんな言葉も流さずに真正面から受け止めてくれるそうで、私は話を続ける。

「そんなどん底にいたとき、先輩の写真に出会ったんです」

 夏川先輩の写真は、いつだって私の心を癒してくれた。

 出会ったときが一番癒されたけど、目を閉じて思い出すだけでも、十分、満たされる。

 それくらい、私にとって夏川先輩の写真の効果は、絶大だ。

「私は、先輩の世界が羨ましかった。どうしてこんなにも明るくて、楽しそうなんだろう。私の世界は暗くてしんどいのに。いいな、いいな。私も、明るい世界に行きたい。入れてほしい」

 あのときは言語化せずにただ、一目惚れをしたと思っていた。

 だけど、少しずつその理由が見えてきて、言葉にすると、それはただの羨望でしかなかった。

 どうしようもなく重たい感情を認めたくなくて、私は“夏川栄治の写真が好きだ”と、綺麗な感情で誤魔化していたんだと思う。

「……夏川先輩が撮った、柚木先輩の写真を見て、私はそんなことを思ったんです」

 先輩にどう思われるかを考えると、急に怖くなって、声が小さくなる。

「その明るい世界を写した人間が、あんなに暗い奴でがっかりした?」

 先輩から返ってきたのは、予想外の言葉だった。

 先輩の表情を見ると自嘲している。

 私はどうしてそんなことを言うのか疑問に思いながら、首を横に振る。

「過去になにかあったんだろうなって、なんとなく思っていたので……」
「うん、そうだろうなって思った」

 気付かれていたとは、思わなかった。

 驚く私を見て、夏川先輩は小さく笑う。

「古賀、いかにも気になりますって顔をしながら、絶対に聞いてこなかったよね」
「だって、他人の過去なんて、簡単に聞いていいものじゃないじゃないですか」

 私だったら、知り合って間もない人に、根掘り葉掘り聞かれたくない。

 だから、気になっても聞けなかった。

「そうだね。だから僕は、古賀はただ素直にものを言う人じゃないと思うよ」

 唐突に、私が気にしていることに触れられて、反応に戸惑ってしまった。

「古賀は相手の立場になって考えられる、優しい人だよ」

 私自身はそんなことはないと思うのに、丁寧なお膳立てをされてしまったせいで、否定ができない。

 むしろ、先輩の強い眼差しに、そうなのかもしれないと思わされる。

 だけど、やっぱり過去に私に向けられた視線を思い出してしまって、受け入れられなかった。