「依澄の笑顔、見てると元気出るもんね。私もそうだから、わかるよ」

 そして静かに、氷野から笑顔が消える。

「でもね、中学時代の依澄は、全然笑わなかったんだ」

 氷野が言っていた“また”というのは、そういうことかと理解した。

 氷野の横顔には悲しみと、悔しさが滲んでいるように感じる。

 僕はその表情から、目がそらせなかった。

 楽しい空間の中で、僕たちは真逆の空気に囚われる。

「夏川栄治も言った通り、依澄の言葉は良くも悪くも伝わりすぎる。相手の心に刺さる」

 氷野の纏う空気から、言葉を発して相槌を打つことすら、はばかられた。

 僕はただ、首を縦に振る。

「でも、昔はあんなにはっきりと物を言うタイプじゃなくて、素直で明るくて、笑顔が可愛い子だったんだよ」

 素直で明るくて、笑顔が似合うことは、最近出会った僕でも知っている。

 つまり、今の古賀は昔に戻ったということだろうか。

「依澄が変わったのは、中学でバスケ部に入ったから。そこでは、自分のことははっきり言わなきゃ負けみたいな空気があって。私はそれが気に入らなくて逃げたんだけど……」
「古賀は逃げなかったんだね」

 氷野が苦しそうに言葉を止め、僕が続きを言う。

 氷野は小さく頷いた。

「こんなことで、大好きなバスケを嫌いになりたくないからって」

 好きなものを嫌いになりたくない。

 その感覚は、僕もそうだったからわかる。

 古賀も同じだったなんて、思いもしなかった。

 どうせ古賀にはわからないだろうって決めつけて、あんな突き放し方をしてしまったことを、今さらながらに後悔する。

「最初は依澄なりに周りと打ち解けようとしてたんだけど、そんな簡単にはいかなくて。結局、依澄は周りの空気に飲み込まれて、どんどん依澄の言葉は強くなった」

 そのときの古賀の葛藤を想像するだけで、胸が締め付けられる。

 好きなものを諦めないためにその選択をするなんて、どれだけ勇気が必要だったんだろう。

 そして、どれだけ苦しかっただろう。

 僕はますます言葉が出なかった。

「それから徐々に部活中だけじゃなくて、普段から言い過ぎるようになり始めたせいで、依澄の周りからどんどん人が減っていった」

 古賀の苦しみを傍で見てきたからこそだろうか、氷野も険しい表情をする。

 僕のときとは違った、人の離れ方。

 勘違いされてしまうのも苦しいけど、相手を傷付けてしまったことで離れてしまうのは、もっと苦しいだろう。

「依澄は人間関係でよく悩んで、苦しんでた。それでも、依澄は部活を辞めなかった。もう取り返しがつかないって思ってただけかもしれないけど」

 僕よりも苦しい思いをしただろうに、逃げなかったなんて尊敬する。

 今すぐ古賀のもとに向かって、“よく頑張った”と伝えたいところだけど、氷野の話はまだ終わらなかった。

「人間関係が最悪な中で、依澄は実力でレギュラーになったんだけど……レギュラーはプレーを映像とかで残されて、分析されて、部員から集中攻撃をくらう。それは依澄も例外じゃなかった」

 ただでさえお互いに攻撃をし合っている環境で、そんなことをされるなんて、考えただけで背筋が凍る。