僕はあのとき、古賀のことを考えながら話をしていたつもりだ。

 だけど、古賀のことを知らないから、知らない間に古賀を傷付けていたのかもしれない。

「もう、古賀を傷付けたくないんだ……」

 僕の声は小さかった。

 僕の言葉のせいで、古賀が笑わなくなってしまった。

 氷野が告げたそれが、喉に刺さった魚の骨みたいに、ずっと心に引っかかっている。

 でもきっと、言われたほうの苦しみは、こんなものではないのだろう。

 古賀が今でも苦しんでいると思うと、胸が張り裂けそうだ。

「……それ、仕事なんじゃないの?」

 ふと、氷野は僕のカメラを指さした。

「そう、だけど……」

 どうして氷野がそんなことを気にするのかわからなくて、戸惑いながら答える。

「仕事より依澄を優先したら、依澄が気にする。ちゃんと働いてきて。その間に、依澄に今のこと伝えておくから」

 氷野は言いながら、僕の横を通り過ぎていく。

「ありがとう」

 僕が氷野の背中にお礼を言っても、氷野は反応しなかった。

 きっと届いているだろうと信じて、僕はサッカー場に向かった。



「抜け殻みたい」

 試合の盛り上がりに置いていかれながら、サッカー場の隅でただシャッターボタンを押していたら、横から僕を嘲笑するかのような声が聞こえてきた。

 氷野が隣に来たことに気付かないくらい、僕はボーッとしていたらしい。

「よく、僕がここにいるってわかったね」

 氷野は試合のほうに視線を向けているけど、その目にはなにも映っていないように感じる。

 心配になるくらい、ただ遠くを眺めている。

「佐伯センパイに聞いた」

 声に気力がなくて心配になってしまう。

 ただ一つ、それよりも気になることがあった。

「あの……どうして佐伯はセンパイって付けるのに、僕は呼び捨てなの?」

 前に『夏川センパイ』と呼ばれた記憶があるからこそ、不思議でならなかった。

「中学のときからずっとそう呼んでたから」

 氷野の言い方的に、フルネームで呼び捨てをしていることに、罪悪感は抱いていないようだ。

 ただ、僕は中学時代の氷野に会った覚えはない。

 だから、どういうことか尋ねようと思ったけど、なんとなく予想がついたから、やめた。

「手、止まってる」

 氷野はカメラを指す。

 この状況で写真を撮れだなんて、無茶を言う。

『仕事より依澄を優先したら、依澄が気にする』

 反論してやろうかと思ったけど、僕はその言葉を思い出し、ファインダーを覗く。

 さっきよりも集中できなくて、まともに写真なんて撮れたものじゃない。

「夏川栄治は、依澄のこと好きなの?」
「え……え?」

 声援に紛れて聞こえてきた言葉に驚き、氷野を見る。

 氷野は無表情のようで、なにを考えているのか、まったく読み取れない。

 ここまで感情が見えない子ではなかったはずなのに、なにが氷野をこんなふうにしているのか、気になって仕方ない。

「だって、依澄には笑っててほしいって言ってたから」
「いや、まあ……そうだけど……でもなんで?」

 すると、氷野は懐かしそうに微笑んだ。

 僕の質問に答えてくれる気はないらしい。