あとからやって来た佐伯はその空気を読み取り、少し離れた場所で止まった。

「古賀、あの……大丈夫?」

 ずっとこの空気のままというわけにもいかず、様子を伺いながら声をかける。

 表情を見ようと屈むと、古賀がさらに下を向いてしまい、見えなかった。

 余計に心配になるけど、無理に見るものでもないと思うと、どうすればいいのかわからなくなる。

 すると、古賀が急に顔を上げた。

「大丈夫です。すみません、頭冷やしてきます」

 古賀は泣きそうな笑顔で言い、小走りで去っていった。

 その場所に、佐伯が立つ。

「古賀ちゃん、大丈夫かな」

 古賀が走っていった方を見つめながら、呟いた。

 僕は、それに答えられなかった。

 古賀なら大丈夫だろうと思うくせに、心配が消えない自分がいた。

「……篠崎が、違うならちゃんと否定しろって怒ってたよ。あと、ちゃんと話を聞かなくてごめんって」
「そう……」

 古賀のことが気になって、僕は半分、それを聞き流してしまった。

 それからその場に留まる理由もないので、後ろ髪を引かれる思いで、荷物を取りに、写真部の部室に向かう。

「で、どうする? 撮影係やる?」

 やりたい気持ちは消えていない。

 だけど、さっきの篠崎さんの反応を思い出すと、引き受ける勇気がなかった。

「いや……やっぱり、やめとくよ。篠崎さんみたいな人もいるだろうし」

 否定しなかった僕が悪いのはわかってる。

 これから否定していけばいいこともわかる。

 だけど、その規模を考えるとクラスマッチに間に合うか怪しい。

 みんながみんな、篠崎さんみたいにすぐにわかってくれるとも限らないと思うと、余計に。

「……学校で古賀ちゃんを撮るチャンスなのに」

 佐伯は小声でそんなことを零した。

 ああ、そうか。この役を引き受けないと、僕は学校行事を楽しむ古賀の写真を残せないのか。

 その場面を見れば、撮りたくなるに決まっているのに。

 いや、古賀だけじゃない。

 七瀬さんや篠崎さんたち、みんなの写真だって残したい。

 僕を誘うには最適の言葉を使った佐伯は、にやりと笑う。

「栄治、やりたいって思っただろ」

 こういうときの佐伯は目敏いらしい。

 僕がわかりやすくなっているだけかもしれないけど。

 それにしても、からかう気しかない顔は気に入らない。

 僕は佐伯を一瞥し、歩くスピードを上げる。

「おい、栄治? 置いていくなって」

 そう言って、佐伯は部室に戻るまで、僕の隣を歩いた。

 矢崎先生と、撮影から戻ってきた部員が数名いた。

 僕が入ってきたことに戸惑う視線ばかりだ。

「夏川? どうして?」

 香田(こうだ)部長が代表して聞いてくるけど、僕はどう答えるのが正しいのかわからなかった。

「私が呼んだんです。夏川君、心は決まりましたか?」

 矢崎先生の表情は、どちらを選択しても構わないと言っているように見える。

 でもきっと、僕がどう答えるのか、お見通しなんだろう。

「……やらせてください」

 歩きながら導いた答えは、それだった。

 まんまと佐伯の言葉に乗せられたわけだ。

「夏川君なら、そう言ってくれると思ってました」

 変わらない笑顔で言う先生を見て、僕は敵わないと思った。