放課後、僕は佐伯に連れられて、写真部の部室の前にいた。

 予想外のようで予想通りの場所に、少しだけ足がすくむ。

 カメラから離れてしまったことで、訪れなくなった場所。

 どんな顔をして入ればいいのか、わからない。

「こんにちは」

 佐伯は戸惑う僕など無視して、容赦なくドアを開けた。

 立ち止まっておくこともできず、恐る恐る中に入った。

 どうせ部室で活動しないだろうという理由で小さな部屋が与えられた写真部の部室だけど、ここにはたくさんの思い出が詰まっている。

 先輩たちが撮ってきた写真のアルバムや、コンクール雑誌が並ぶ本棚。向かいの壁には、棚にカメラ道具が丁寧に並ぶ。

 その横の壁に、毎年撮影する写真部の記念写真がコラージュのように貼られている。

 数ヶ月ぶりに訪れたけど、ここはなにも変わっていなくて、安心する。

 ほかの部員は写真を撮りに行っているのか、部室には矢崎先生しかいなかった。

「お久しぶりです、矢崎先生」

 部屋の奥でノートパソコンで作業をする先生に声をかけると、先生は顔を上げた。

 僕がいることに気付いて驚き、穏やかに微笑んだ。

「久しぶりですね、夏川君」

 相変わらず暖かい声だ。

『夏川君がまた写真を撮りたいと思うまで、お休みしましょう。いつでも、戻ってきてもいいですからね』

 去年、写真部に所属しながら写真が撮れなくなったとき、矢崎先生がそんなふうに言ってくれた。

 今と変わらない、優しい声と表情で。

「顔を出すのが、遅くなってすみません」

 先生の言葉を忘れたわけではない。

 それでも、カメラを再び持つようになっておきながら、部室に来なかったことに対して、罪悪感のようなものがあった。

 視線を落としていると、先生が目の前まで近付いてきていることに気付いた。

 顔を上げると、先生は怒る様子などなく、ただ優しい雰囲気のまま、そこにいる。

「しっかりとお休みできましたか?」

 矢崎先生の声は僕の罪悪感を優しく包み込んでくれて、視界が滲む。

 声を出せば震えそうで、ただ頷いた。

「それはよかったです。そうだ、夏川君。ここに来てくれたということは、納得のいく写真を撮れるようになったと思って問題ありませんか?」
「いや……まあ……そう、かもしれません」

 急に話題が変わったことに戸惑い、そして言い切るには自信がなく、曖昧な答えになってしまった。

 先生は僕の曖昧な物言いに笑みをこぼしながら、席に戻る。

 そして、一枚の紙を持って戻ってきた。

「こんなお話が来ているのですが、夏川君もやりませんか?」

 それを受け取り、目を通す。

『クラスマッチ 撮影係について』

「お断りします」

 確認してすぐ、僕は紙を突き返した。

 矢崎先生の眉尻が下がる。

「生徒たちを撮るなら、夏川君が適任だと思ったのですが……」
「そう言ってもらえるのは嬉しいですけど……多分、みんなが僕に撮られるのを、嫌がると思うんです」

 あの噂のせいで、僕が写真を撮るのは、花奈さんを撮りたい欲望を隠すためだ、なんて言われてきた。

 それすらも否定してこなかったから、僕がカメラを向けて笑ってくれる人は、今やほとんどいない。

「そうですか……」

 矢崎先生は納得できない表情をしながら言い、席に戻っていく。