「はじめまして、柚木花奈です。よろしくね」

 待ち合わせ場所の駅に着くと、夏川先輩と佐伯先輩だけでなく、去年の文化祭で見た写真に写っていた人がいた。

 あのころよりも大人っぽい笑顔に、見惚れてしまう。

『ボウリング、二人追加で』

 昨夜、夏川先輩からそんなメッセージが届いたけど、あの写真のモデルさんに会えるとは思っていなかった。

「はじめまして、古賀依澄です」
「氷野咲楽です」

 芸能人に会った感覚のまま名乗ると、咲楽も続く。

「依澄ちゃんと、咲楽ちゃんね」

 柚木先輩は私たちの名前を呼んで確認すると、そのまま距離を詰めて来た。

 茶色っぽい髪の毛が揺れ、甘い花のような匂いが香ってくる。

 写真だけでも綺麗な人だと思ったけど、実際に会うと、女の私でも惚れてしまいそうだと思った。

「ねえねえ、栄治くんに写真を再開させたのって、どっち?」

 柚木先輩は小声で聞く。

 その理由がわからないまま、私は右手を小さく上げる。

 すると、柚木先輩は両手で私の左手を握った。

 大きな瞳が輝いている。

「ありがとう、依澄ちゃん」

 向日葵のような笑顔とは、このことか。そう思うほどに、可愛らしいものだった。

「どうして“ありがとう”なんですか?」

 未だに夏川先輩の写真の良さに気付いてくれない咲楽が、心の底から不思議そうに言った。

「私ね、栄治くんの写真が好きなの。だから、また見れるのが嬉しくて」

 それを聞いて、心の奥底で黒い感情が芽生えた気がした。

 私と同じで、夏川先輩の写真を好きだと言う人に出会えたのに。

 どうして私は、苦しいと感じているんだろう。

「じゃあ、もしかして、夏川栄治の彼女だったりします? あの写真って、完全に恋してる眼だったじゃないですか」

 恋バナ好きの咲楽が嬉々として聞くと、その場の空気が固まった。

 この雰囲気から、咲楽の予想は間違っているとわかるけど、こんなにも変な空気になるものなのか。

 私も咲楽も、わからなかった。

「違うよ」

 言葉で否定したのは、夏川先輩だ。

 すると柚木先輩が穏やかに、そして嬉しそうに微笑んだ。

「うん、違う。私は栄治くんとは付き合ってない」

 ここまではっきりと否定して、嬉しそうにしている理由が、まったくわからない。

「夏川栄治とは……てことは、彼氏はいるんですか?」

 柚木先輩は少し頬を赤らめて、さっきよりもより柔らかく笑った。

 今日一番の幸せそうな顔だと思いながら見惚れていると、シャッターの音がした。

 音が聞こえたほうを向くと、夏川先輩が私たちにカメラを向けている。

「栄治、それ送れよ」

 夏川先輩の後ろから現れた黒髪のクールそうな人が、命令をした。

「わかってるよ」
「相変わらずの独占欲ですね」

 夏川先輩も佐伯先輩も自然に話しているけど、雰囲気と格好から、近寄り難いと思ってしまう。

「今来たのが、私の彼なの」

 柚木先輩は可愛らしい表情のまま、私たちに聞こえるように囁いた。

「あの人が?」

 思わず声に出してしまって、私は口を塞ぐ。

 柚木先輩が微笑んでいるから、その優しさに救われたと思った。