ギフト――天から授かった能力。才能。

 生まれつきの才能に決して勝利できない分野がある。先取り教育では得られない特殊能力。それを人は超能力というのかもしれない。学問、知性、創造性、芸術性、リーダーシップ、運動能力とは違うギフテットのようなもの。しかし、訓練や練習や先取り教育では身につかない特別な能力――。

 これは、生まれつき与えられた能力を持つ人の余命の未来視能力を持つ女性とサイコメトリーによる視る能力を持つ男性の物語――。

 人には余命がある。百歳以上生きるとしても、今日死ぬとしても、永遠はない。不死があるとしたら物語の中でしか存在しないものだ。それは、人間が憧れ、創造した世界でしかない。

 私には余命が視える力がある。数字が人間の頭の上に浮かんで視える。生まれつきなので、生活に支障はなく、違和感もない。

 長寿社会なので、余命は長い人がほとんどだ。正確な数値はよほど近ければ視えるが、おおよその年単位で視えている。あと、五十年、三十五年、みたいな感じだ。

 幼少期から数の少ない身近な高齢者が亡くなった経験をしており、何かしようとか、自分ができることを探すこともやったことはなかった。諦めという言葉にすると一番しっくりくるのかもしれない。ただ、数字がゼロになるのを見守ることしかできないでいた。一番悲しかったのは高校生時代の初恋の男の子の数字が毎日減っていくことだった。その時は、まだ余命の日数とは知らず、なぜ数字が二桁になり、一桁になったのかはわからなかった。ゼロになる日、彼は交通事故で亡くなった。密かに両思いだった。今思えば、付き合っていたのかもしれない。私は、一番大切な人を失ってしまった。彼は、高校三年生の年齢から上がることはなくなってしまった。永遠の高校三年生。彼は優しくて、思いやりがあって、笑顔があふれる純粋な少年だった。好きだよと屈託のない笑顔で囁いてくれた。瞳は大きく、人気者だった。今でも、彼のことは忘れられないでいた。あれから、新しい恋はできないでいた。私と言えば、進学率の低い公立の高校を卒業して、アルバイトで生活をしているため、一人暮らしはできないでいた。自立できない大人。

 最近、数字の面で気になったのが、同じクラスになった同じくらいの歳の男性だった。多分二十歳くらいだと思う。彼の数字は周囲に比べて明らかに少なく、一年もない。ざっと半年くらいだろうか。決して目立つわけでもなく数字が視えなかったら、彼の存在すら気にすることはなかったかもしれない。どちらかというと、少しやさぐれた印象が強かった。無表情で、無口な印象が強い。何に反抗しているのかもわからないけれど、理不尽な大人や世の中に対してささやかな反抗心を抱いているのか、目つきは鋭く、どちらかというと塩顔という印象だ。高校を卒業してすぐに私と同じようにアルバイトをしているみたいだ。

 名前は彩光流《さいこうりゅう》。たくさんの色の光が流れるかのようなピカピカな名前だ。しかし、当の本人は、背はごく普通で、目立たないやせ型の帰宅部。筋肉があるとも思えないし、体の線も細い。数字さえ見えなければ、こんなに彩光流なんて、気にすることもなかったのだと思うのだけれど。でも、彼はきっともうすぐ死んでしまう。病気であれば本人が気づいているかもしれないけれど、病気だということは聞いたことはない。だとすれば、事故の線が高い。色々考えれば、自死や殺人事件なども考えられるが、何かしらの事故で彼は死ぬのだろう。その瞬間までまさか自分が被害者になるなんて思いもしないだろう。

 私には、みんなに秘密にしている事がある。私の家はごく普通の会社員の父と母との三人暮らし。父は偏差値の高い大学を卒業して、順調に昇進して部長をやっていると聞いている。
 我が家には六時から九時に悪魔が現れる。人間の姿をした、よく知っている人間が悪魔に変わる。だから、その時間帯はなるべく仕事終わりに公園に行く。自宅から少しばんだかり離れた公園は治安は良く、狭いけれど、あまり人も来ないので、自宅よりも安全だ。コンビニで買ったお弁当を食べる。晴れた時も雨の時も。

 父親はお酒を毎日飲む。そして、仕事のストレスを発散する。その火花は家族に点火する。お酒の限度を超えると、父親は悪魔へと変化する。その時間母はパートのシフトを入れた。お金が入るし、逃げることができる。一石二鳥だ。職場での父はとてもいい人間だと評判だし、お酒が入らなければ、まともな人間だと思う。母親も色々なところに相談はしたらしいけれど、本人の問題だから、家族はサポートするしかないと言われたらしい。アルコール依存症なのだろうけれど、アルコール中毒というわけではないらしい。医学的な処置をする対象でもなく、本人が望まなければ、医師や他人がどうこうすることはできない。性格的なこともあり、ただ八つ当たりをする人間だということも指摘されたらしい。モラハラなのかもしれないが、離婚は絶対にしないと父親は言っており、母親も正社員として働いてはおらず、収入面を考えて、離婚までは考えてはいないようだった。区役所や支援センターとしては、結局は逃げればいいという助言だったらしい。専業主婦だった母親はあえて夜の時間にパートを始めた。二人きりになるのが怖くなった私は、アルバイトが終わると公園で夕食をとることが日課になっていた。

 小さな公園のベンチには東屋があり、雨風をしのげるお気に入りの場所だった。そこに、今日は珍しい先客がいた。余命の数字がやたら低い男性、採光流だ。

「こんにちは。ではなく、こんばんは、かな」
「こんばんは」
 ひとこと、彩光流はこちらを見たが、そのまま月を眺めているようだった。気まずい。何か適当に話をして帰ろうか。でも、このまま帰っても、悪魔が自宅にいる。夜九時前には寝るため、たいてい九時には飲み終わる。悪魔の睡眠時間は安心時間だ。

「何、してるの?」
「星空を見てた。今日は月がきれいだし、夜空っていいな。夏の大三角が田舎町だとくっきり見えるんだよ。こと座のベガ、わし座のアルタイル、はくちょう座のデネブ。今日は空が澄んでいるから尚更よく見える」
 意外とロマンチストな発言にギャップを感じる。人は見た目だけで判断してはいけないのかもしれない。クールで感情を見せない印象なのに、感情が豊かで意外と優しそうだ。

「無限に広がる空を見てるとちっぽけな俺が何かしなくても世の中の誰かがちゃんとやってくれるんだろうなって思ってさ」
「私も夜空を見に来たんだ。この公園は夜空がきれいなんだよね」
 嘘も方便だ。本当は悪魔から逃げてきたなんて言えない。
 手を延ばす。もちろん、星も月もつかむことはできない。
 本当は、この手は何かに縋りたい――と思って延ばした手なのかもしれない。でも、現実はそう簡単に思ったようにはいかない。

「手を延ばすと、星がつかめそうでつかめないんだよな」
 この人、私と同じことを思ってたんだ。意外だな。

「私、この公園によく来るんだよ。彩光君には、はじめて会うね」
「俺、公園めぐりしてるんだよ。この辺りの公園を毎日色々巡って夜景がきれいな場所を探してるんだ。あと、自販機めぐりとか、コンビニめぐりとか、ポストめぐりなんかも結構面白いんだぞ」
「何それ、時間がもったいないとか思わないの?」
「……」
 沈黙してしまった。まずい、何か怒らせてしまったのだろうか。目つきが鋭いし。
「俺、定時制高校をなんとか卒業して、今、必死で金を貯めているんだ」
 でも、この人、残りの余命から推測すると、多分、貯金は無駄になりそう。話すことがないと思っていた人とも、偶然の出会いで会話をすることもあるんだな。でも、数字が視えるなんてことは言ってはいけないし、言ったところで信じてもらえない。余命がわかってしまったら、彼は絶望してしまう。そのせいで残された時間を楽しく生きられないかもしれない。

「彩光君って持病があったりする?」

「ないよ」
 あっさりだった。これは、嘘をついている感じじゃない。病気じゃないなら、交通事故や何かしらの事件に巻き込まれるパターンかもしれない。

「こんな夜に、公園めぐりって面白い人だよね」
「そうだよ。っておまえも一人で、こんなに夜遅く何やってんだよ。女子は早く家に帰ったほうが安全だぞ。たまに変な人がいるから気をつけないと」
「家のほうが危険かも」
「はぁ?」
「別に」
 同僚に愚痴を言っても始まらない。きっと、私がよく来ることを知ればもう来なくなるだろう。

「これ、俺の晩飯」
 ジャムパンを出す。それと、牛乳だ。
「張り込み中の刑事さんのご飯みたいだね」
「色々と家庭の事情で、こんな感じで外で時間を潰してるんだ」
「家庭の事情? 聞いてもいい?」
「そろそろ家を出て一人暮らしをしたいんだがな。天文の勉強をしたくて大学に行く金を貯めていたんだ。天文台に就職したいとも思っていた。でも、その夢をかなえられるのは、一握りの優秀で家庭環境に恵まれた人だ。余裕がなければ大学に通えないし、就職も天文関係には難しい。運と縁なんだ。だから、星が見える場所を探して毎日をやり過ごしている」

 意外にも彩光流は自分の話を話し始めた。母親が育ててくれたけれど、家には母親の彼氏がこの時間、遊びに来ていて、暗黙の了解で外で過ごさなければいけないらしい。二時間程度時間を潰すと、帰宅する。毎日それはルーティーンになっているらしい。母親と彼氏の時間を二時間与えるため、自宅を毎日同じ時間離れる。同じ時間に帰宅をする。これは約束事らしい。少しばかりミステリアスな感じがあったので、きっと自分を出さない人だと思っていた。でも、彼は話してみると様々な表情を作り上げる人だった。ミステリアスなのは、彼の複雑な家庭の事情のせいでそう感じたのだろうか。お金を貯めるためにパラサイトシングルをしているのは同じだった。うちのバイト先は時給も安いし、なかなか時給が上がらない。

「手を貸して」
 一瞬ものすごい力が働いたような気がする。オーラとかパワーとかそういった類のものだ。風が下から吹き上げるそんな感じが一瞬だけあった。

「サイコメトリーって知ってる?」
 聞きなれない言葉だ。
「サイコメトリー?」
「物に触れると過去の映像が見えるんだ。断片的だが、強い思いが残っていれば、三個程度なら見える。今読み取ったのは、おまえは何かしらの数字がいつも見えている。そして、当別な力を持っている。自宅にはお酒を飲んだ父親がいて怖いと感じている」
「すごい。超能力者じゃない? その能力ギフトっていうのかな?」

「なぁ、おまえは神様から特別なギフト、つまり超能力をもらった人間だ。これは、生まれながらのもので、訓練や練習によって身につくものではない。もったいないと思わないか? この能力を生かして俺たちにしかできないことをしないか? 死ぬとか考えるなよ」

「別に死ぬつもりはないけど」

「おまえのいたレジに触れた時に、たまたま悲しい気持ちが視えた。この公園が視えたんだ。たまたま触れただけで意図的じゃないからな。少年が事故で死んだ映像だ。その少年が元気だった時の姿も見えたし、何か悪いことが起きなければいいけどって胸騒ぎがしたんだよ」

「どういう推理してるのよ。たしかに、昔好きだった人が死んだ経験はあるよ。今でも忘れられない。でも、人の心の傷に触れないでくれるかな。死のうなんて思わないから」

 怒りが前面に出る。いくらサイコメトリー能力があるとしても、勝手に初恋の悲しみを見られ、心配されるなんて想定外だ。でも、想定外に彼は安堵した表情を見せる。

「ごめん。俺の取り越し苦労だったな。俺のこと、サイコ―って呼んでいいよ。名字は嫌いじゃないんだ。最高みたいだし、光を彩るっていい漢字だろ。だから、再婚されると名字変わるから困るんだよな」
 彼の前髪が夜風になびく。呼び方ひとつで近くなった感じがする。

「じゃあ、サイコ―って呼ぶね」
「私のことは、未来ってよんでいいよ」
「お前の数字が視える力って面白いな」
「どんな数字が視えてるんだ? 人間の価値とか?」
「私にもわからないんだ」

 とりあえずごまかす。まさか余命だなんて言えるわけがない。
 特に、サイコ―の場合は、かなり短い余命だ。
 知ってしまったら、どんなに意気消沈してしまうだろう。
 でも、知らないで過ごして、やり残したことをやらずに死ぬのもかわいそう。でも、本当のことは言えるわけがない。
「サイコ―は、死ぬまでに何がしたいとかある?」
 やりたいことを聞き出して、なにか手伝えないだろうか?

「そういわれると、わかんねー。少し考えさせて」
 サイコ―は何も考えていなかったようで、ただ夜空を見上げて沈黙した。

 私は余命が一年もなかったら何をするのだろう。やっぱり、社会の歯車に乗って、ただ、毎日を過ごすしかないような気がする。

 ただ、夜空を見上げて二人で過ごす時間は一人で過ごすより意外にも心地よいものだった。

「誰かをすごく好きになるとか、そーいうのもいいな。とはいっても、義務で好きになるわけにもいかないしな。俺は恋愛をしたことがない」

 あまりにもきっぱりと言われ、そうですかとしか言いようがない。

「おまえは、好きな男子がいたんだろ。うらやましいよ。母親と彼氏を見てると、なんだか恋愛が不潔な印象に思えてさ。口論も結構あるし、彼氏も暴力的だし」

「じゃあ、好きになれる人に出会えるといいね。私なら、死ぬ前にもう一度、彼に会いたいかもしれないな。まぁ、死んだ世界で会えるのかもしれないけど」

「そーいうの映画とかドラマの中の話だと思ってた。まさか、恋愛にそこまで人生の比重を置く人間が母親以外にいるとは。母親は恋愛してないとダメな人間なんだ。だから、常に色々な彼氏ができる。たくさんの恋愛ができるけど、本当の恋なのか愛なのかどうなのかはわからないな」

「死んだ彼のことは、サイコメトリーで視たけど、かなりイケメンだな。あーいう目の大きなくっきり二重なタイプが好きなのか。系統で言うとかわいい系かな」

「恥ずかしいから、彼のことは言わないで」
 頬が赤くなる。

「おまえも、大変そうだな。お互い悪魔の時間が終わるかな」
 腕時計を見ると、そろそろ帰宅できる時間だ。

「家、ここらへんなの?」
「あぁ」

 思ったよりも、公園の近くにサイコーの家はあった。
 私の家の近くだったので、結果的に一緒に帰宅する形になった。
 あんな安いバイトをしているのは家が近いという理由しかないかもしれない。

「また、公園めぐりするときはよろしくな」
「こちらこそ」

 はじめて話したのに、意外にも話しやすい。
 やっぱり、彼の頭の上の数字は翌日も変化していない。
 まだ余命が残っている時は、正確な数字はでないらしい。
 もしかしたら、何かすれば増える可能性もあるのかもしれない。
 可能性を探る。

 バイト先で会っても、無反応。私たちは公園で語り合う仲ではないかのように接していた。

 もう二度と公園に来ないかと思ったが、サイコーは公園へやってきた。それも、毎日毎日私が悪魔から逃げている時間にふらりとやってきた。ただ、空を眺めたり、自動販売機めぐりをしたり、ポストめぐりをしたり、コンビニめぐりをしたり、彼がいたから孤独な時間を乗り越えられた。治安がいいとはいえ、女性一人よりも男性がいたほうが心強い。サイコーは物に触れると色々視えるらしく、ポストにまつわる恋愛話が視えた時は、その話をしてくれた。自販機にまつわる男の友情とか、家族愛とか、他の人には視えないことを現実で視たかのように話してくれる。全部が視えるわけではないが、比較的最近のものや、強い念が残っていると、読み取れるらしい。サイコメトリー恐るべし。隙あらば、私の私物から脳内をサイコメトリーしてくることもあり、やっぱり恐るべし。

「冬の大三角。おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオン、オリオン座のベテルギウスを結んでできる三角形。やっぱりきれいだ」

 彼の瞳は今日の夜空くらい澄んでいた。

 やっぱり、私にはどうしようもない数字の減少。サイコーの頭の上の余命の数字は確実に少なくなっている。恋愛感情がある好きな人とは違うけれど、友人の余命の数字が減るのは心苦しい。サイコーは友人と呼んでいいのか、知人と言ったほうがいいのか、同僚と位置付ければいいのか、全くもってわからない。でも、お互いに恋愛感情がないことはわかっていたし、初恋の時のような胸のときめきも高鳴りもない。私が塩顔好きではないからなのかもしれないし、好きと言われないと好きになれないからなのかもしれない。常に受け身な人間だから、自分から好きにはなれないのかもしれない。高校生の時の初恋の正義君からの告白。いつも、好きだと言われていた。だから、付き合った。自分から好きになれば断られるかもしれない。でも、相手が好きだとわかっていると安心する。自分から誰かを好きになれないのは性格のせいかもしれない。とりあえず、サイコーは友達として最高だ。それ以上でもそれ以下でもない。

「実はさ、俺、サイコメトリー以外にも能力があるんだよな」
「まだあるの? すごいギフトをもってるんだね」
「五分後を視る力がある。これは、大きな出来事がなければ、視ることもないし、感じない。ほぼ使わない機能だけどな。視ようという気持ちがないと視えないみたいだし、たまに第六感的なもので的確なものが視えることがあるんだ」

「私のギフトは役に立たないね。すごいよ」
「別に。でも、俺、おまえがいてよかった。この暇な時間つぶしを付き合ってもらうほどの友達もいないしさ」
「ちょっと、おまえじゃなくて未来って呼んでよ」
 いつも菓子パンと飲み物が定番のサイコー。

「今日は空が特別に澄んでいて星が沢山見えるな。俺、恋愛はできなかったけど、結構楽しい毎日を送れてる気がする。恋愛が全てじゃないんだな」

「私も同感。初恋の人は失った。だから、誰かを好きになって、失いたくない」

 いつものように二時間をともに過ごす。自販機の前で別れる。闇夜にそこだけがぽうっと明るく照らされていて、独特な雰囲気がある。そして、明かりがあることに安心感を覚える。

 もう、父親は寝ただろうか。お母さん、今日はパートお休みだから夫婦げんかになっていないといいな。少し怖いと思いながら我が家へ辿りつく。

 嫌な予感。我が家から悲鳴が聞こえる。夫婦喧嘩だろうか。悪魔が今日は凶悪化しているようだ。父親が酔って怒りに任せ、暴力をふるう。痛い。母親は逃げ出した。私に矢が飛んでくる。今日は何か狂気を感じる。刃物を振り回している。これって私の方が殺される? 自分の余命は視えないからわからない。

 固まっていると、手を取り、走るようにうながされる。
「大丈夫か? 逃げるぞ」
 サイコーだ。

「サイコー、ありがとう」
「刃物で切られる未来が視えたから、急いで未来を変えに来た」
「え? 未来を変える?」

「大丈夫、俺の後についてこい」

 しばらく走った。息切れがひどい。運動不足がたたったらしい。

 キキキー!!!!
 一瞬何が起こったかわからなかった。
 目の前に大きなトラックが飛び出す。
 サイコーが倒れている。

 でも、彼の数字はもっとあった。もしかして、この事故で数字が減って死んでしまうということ?
 彼はまだ生きている。でも、私を助けるために犠牲になって、あと数日で死ぬことは視えている。彼のギフトの能力は秀でていたのに、どうして、防げなかったのだろうか。

 救急車で救急搬送される。サイコーは、もう少しで死ぬだろう。

 後に、日時指定されたメールが届いた。病院に入院している意識不明のサイコーからだった。

「これは、予約メールだ。今、多分俺はメールを送信できる状態にないだろう。俺はサイコメトリーで未来の視えている数字の意味がわかっていた。つまり、俺の余命は数日しかないと気づいていた。俺自身のサイコメトリー能力で俺に死が近づいているのもわかっていた。実はサイコメトリーで視ようと思えば、大きな自分に降りかかる事件や事故は五分以上未来も視える特殊能力があるんだ。普段は頑張っても、五分程度先しかサイコメトリーできないけどな。夏のはじめに、お前が死ぬ未来が視えた。だから、俺は上書きしたんだ。未来が死なずに俺が死ぬように。母親も俺がいないほうが彼氏と仲良くやれるだろう。最初におまえが包丁で刺される未来。その後、俺が刺される未来に上書きした。それを回避しても別な事故など結局で俺は死ぬだろう。恋ってのは最後までよく分からなかったけど、楽しい時間を過ごすことができたよ。お前に俺のギフトを継承する。ギフトチェンジだから、余命は視えなくなるだろう。俺のサイコメトリーは元々は実の父から継承したギフトらしい。夜の二時間、いつもありがとう。永遠にさようなら」

 永遠にさようなら。この言葉の重みを感じる。
 彼は過去だけでなく、未来が視えるサイコメトリーのギフトを持っていたなんて――。私は自分の余命の数字が視える力は持っていなかった。だから、自分の余命に気づいていなかったんだ。私は馬鹿だ。彼は私の代わりに死んだ。未来を上書きできるなんて。ギフト継承の力を持っていたなんて。ただ、余命が視えるだけの私とは違うんだ。彼は凄い力を持っていた。

 残された私は、彼が思った以上に大切だった存在に気づいた。

 今日も私は彼のいない夜に孤独を馳せる。彼がいない悪魔の時間はいつも孤独だ。初恋の人よりもずっとサイコーを最高に好きだったことに気づく。ぽっかり空いた穴は埋めることができない。

 空を見上げる。去年の夏の大三角は二人で見ていたのに。今年は一人で見ている。もし、私が好きになったらまた大切な人を失うのではないか。不安がよぎるのもある。

 冬の大三角もまた一人で見上げるだろう。辛さ、寂しさ、切なさ、鬱々とした感情がほとばしる。全然タイプじゃなかったのに、好きになっていた。彼は結局恋愛のことはわからなかったと書いてあった。彼は私に恋愛感情がなかったのだろうか? 恋愛に嫌悪感を抱いていたから、始める気はなかったのかもしれない。今となっては、確かめることはできない。

 私が気づいていないうちに、今まで生きてきた中で一番サイコーが大好きになっていた。かけがえのない存在になっていた。

 サイコーが死んでから、私は他人の数字が視えなくなった。どうせなら、余命が視える力より、サイコメトリーの力のほうが役に立つから使ってほしいという想い。継承できる力。過去と未来を視ようと思えば視えるという最高のギフト。

 サイコーからの最高のギフトを持って私は今日も彼の分を生きる。夜空を見ると、いつも淡い恋心と感謝が湧き上がる。

 ありがとう。