長い長い戦いが終わったようだった。彼は第一志望の東京の大学に落ちてしまったらしい。難しい大学だから仕方のないことではあるが、少しだけ胸がすく想いだった。
合格発表の前日、私は万が一前期入試が落ちていたときに備えて後期入試の対策をしに学校に来ていた。卒業式も終わり、登校してくるのはまだ合格発表が行われておらず、かつ後期入試を受ける予定の者だけだ。
「もう自由に羽ばたいて」
国語科の担任の先生が、職員室で私の小論文の添削を終えると一言そう添えた。「あなたは十分頑張ったんだから、大丈夫よ」という意味なのだと悟り、「はい」と短く返事をして私は教室へと戻ることにした。荷物を置きっぱなしにしているので、片付けてから帰ろうと思っていた。
「よう」
教室に戻ると、そこに桐生陸がいて私は一歩後ずさる。来た時はいなかったから、私が職員室に行っている間に登校したのだろう。彼もまだその時には前期入試の合格発表が終わっておらず、後期入試の勉強をしに来たのだと分かる。しかし彼はスマホをいじっているだけで、勉強をしている様子には見えない。教室には他に誰もいなくて、正真正銘二人きりだった。そう思うと途端に心臓がバクバクと音を立て始める。
「スマホ、変えたの?」
「そうそう。受験も終わったし」
彼と話すのは久しぶりだった。年が明けてからほとんど口を効いていない。一年間同じクラスにいたけれど、ずっと遠い場所に行ってしまった。そういう人として認識してきた。
「もう帰るの?」
「うん」
それだけだった。もっと気の利いたことが言えれば良かったのだけれど、いきなり二人きりになって言いたいことは何もまとまっていない。そもそも、彼に何を言えばいい? もう散々、二人の関係については考え尽くしてケリをつけたし、彼は今別の子と付き合っている。
「それじゃあね」
「おう」
リュックを背負い、私は彼に背を向けた。後ろ髪を引かれる思いで教室を出る。別れた直後よりもずっと彼への気持ちは凪いでいた。けれど、まる二年間の高校生活を共にし、思い出を共有する彼と本当に別れることになる、と思うとなんだか感傷的な気分だった。
それが、私が彼と会った最後の瞬間だった。
その年の4月、私は京都の大学へと進学し晴れて第一志望の大学で勉強を始めることになった。彼はもう一年浪人をして来年再び東京の大学を受験するらしい。
すべての戦いが終わったと思った。
私は生まれ育った九州を飛び出し、きらめく未来に向かって一歩踏み出すのだ。
合格発表の前日、私は万が一前期入試が落ちていたときに備えて後期入試の対策をしに学校に来ていた。卒業式も終わり、登校してくるのはまだ合格発表が行われておらず、かつ後期入試を受ける予定の者だけだ。
「もう自由に羽ばたいて」
国語科の担任の先生が、職員室で私の小論文の添削を終えると一言そう添えた。「あなたは十分頑張ったんだから、大丈夫よ」という意味なのだと悟り、「はい」と短く返事をして私は教室へと戻ることにした。荷物を置きっぱなしにしているので、片付けてから帰ろうと思っていた。
「よう」
教室に戻ると、そこに桐生陸がいて私は一歩後ずさる。来た時はいなかったから、私が職員室に行っている間に登校したのだろう。彼もまだその時には前期入試の合格発表が終わっておらず、後期入試の勉強をしに来たのだと分かる。しかし彼はスマホをいじっているだけで、勉強をしている様子には見えない。教室には他に誰もいなくて、正真正銘二人きりだった。そう思うと途端に心臓がバクバクと音を立て始める。
「スマホ、変えたの?」
「そうそう。受験も終わったし」
彼と話すのは久しぶりだった。年が明けてからほとんど口を効いていない。一年間同じクラスにいたけれど、ずっと遠い場所に行ってしまった。そういう人として認識してきた。
「もう帰るの?」
「うん」
それだけだった。もっと気の利いたことが言えれば良かったのだけれど、いきなり二人きりになって言いたいことは何もまとまっていない。そもそも、彼に何を言えばいい? もう散々、二人の関係については考え尽くしてケリをつけたし、彼は今別の子と付き合っている。
「それじゃあね」
「おう」
リュックを背負い、私は彼に背を向けた。後ろ髪を引かれる思いで教室を出る。別れた直後よりもずっと彼への気持ちは凪いでいた。けれど、まる二年間の高校生活を共にし、思い出を共有する彼と本当に別れることになる、と思うとなんだか感傷的な気分だった。
それが、私が彼と会った最後の瞬間だった。
その年の4月、私は京都の大学へと進学し晴れて第一志望の大学で勉強を始めることになった。彼はもう一年浪人をして来年再び東京の大学を受験するらしい。
すべての戦いが終わったと思った。
私は生まれ育った九州を飛び出し、きらめく未来に向かって一歩踏み出すのだ。