『ごめん、俺は今のままがいいな』
面と向かって告白するのが恥ずかしかった私は、メールで気持ちを伝えていた。しかも期末テストはまだ終わっていなかった。残すところあと一日、という時に我慢しきれなくて恋に現を抜かしたのだ。
彼からの返事を見た時の衝撃やたるや。どうして自分はいつもこうなんだろう。空気を読まずにテスト期間に告白をしてしまったとか、彼も自分のことが好きなんじゃないかって勘違いしちゃったとか、ぐるぐると頭の中を後悔が駆け巡った。私はフラれた。いつも自分に嬉しそうに話しかけてくる彼にフラれたのだ。だけど、フラれても席が隣なことは変わらない。明日学校に行けばまた朝イチで顔を合わせることになる。気まずいし恥ずかしい。ああ、どうして早まったことをしてしまったんだろうか……。
ろくに勉強もせずよく眠れないまま翌朝を迎え、期末テスト最終日、私は暗い気持ちで教室に入った。
彼がすでに席に座っているのを見ると、一気に心臓の鼓動が早まった。どうしよう。昨日のメールのこと、彼は絶対に気にしている。きっと今日は私と顔を合わせたくないと思っているだろう。今は社会の教科書をじっと見ているけれど、私が隣に座れば気まずい思いをするんじゃないだろうか。
この場から逃げ去りたい。
しかし今日は大事な期末テストの日。さすがにこのまま引き返して学校をサボるわけにはいかない。
緊張したまま、私はギイと椅子を引いて自分の席についた。彼と同じように社会の教科書を開く。今日はテスト、テスト、テスト……と必死に自分に言い聞かせる。でも、教科書の内容が全然頭に入ってこない。
ふう、と小さく息を吐いた。
緊張しすぎて呼吸をするのも忘れていた。もう今日のテストはきっとぐだぐだだ。こればっかりはどうしようもない——……。
「社会の勉強、やった?」
私が今すぐこの場から逃げ出したいと願っていた時、ふと隣から耳慣れた声がして、声の主の顔を見た。
桐生くんはいつもと変わらぬお調子者の表情で、「俺、今日のテストやばいわ」と笑う。そんな彼の姿を見て、一気に緊張が解けたのが分かった。
「ううん、全然。私もやばいかも」
「そかーお互い頑張ろうぜ」
「うん」
まるで昨日の告白などなかったかのように——いや、本当は彼だって告白のことを意識している。その証拠に、「おはよう」と声をかけてこなかった。でも、気にしてないよと言わんばかりに、私に話しかけてくれたようだった。
その優しさが痛くて、でも涙が出そうになるほど嬉しかった。

もう彼が好きだったことは忘れよう。まだ仲良くなってから一ヶ月しか経っていないんだし。私が恋を忘れさえすれば、すぐに今まで通りの関係に戻れるはずだ。
無事に期末テストを終え、家に帰ってからずっとそのことばかり考えていた。何度も自分に言い聞かせ、習い事のピアノのレッスンに行く頃には、もう自分は大丈夫だと強く思った。
ピアノのレッスンが終わると、母が車で迎えにきてくれて私はいそいそと車に乗り込む。いつもの癖で鞄からスマホを取り出し、メールの画面を開く。新着メールが一件来ていた。しかも、送り主は桐生陸。どうしたんだろう、と気になってすぐにメールを開いた。
「え……」
と声には出さずに、開いたメールを凝視する。

『昨日はああ言っちゃったけど、やっぱりOKってことじゃダメかな……。自分の気持ちを優先してなかった。今更こんなこと言うのもうざいと思うけど、もしよかったら返信ください』

そのメールを見た時、最初彼が何を言っているのかよく分からなかった。
やっぱりOKってことじゃダメかな。
何度もその一文を噛み砕き、頭の中で整理する。つまりそれって、「やっぱり私と付き合いたい」ってこと?
いったん断っておいてなんと都合のいいことか——とは思わなかった。だって彼にフラれてからも、彼を好きな気持ちまったく変わっていなかったから。
桐生くんが、私の気持ちを受け入れてくれたんだ……。
現実感が湧かずに、しばらくぼーっとメールの文面を眺めていた。そろそろ車は自宅に着きそうだというのに、うまく頭が働かない。
そしてようやく、自宅の駐車場が見えてきたところでお腹の底から甘い気持ちがぶわっと湧き上がってきた。
嬉しい。気持ちに答えてもらえたんだ。こんな幸せなことが自分の身に起こるなんて信じられない!
顔ににやけが広がらないように表情筋を引き締める。しかし、どうしても全身が喜びで震えるのを止められなかった。

翌朝、学校に着くと前日とはまた違ったソワソワ感が二人の間に漂っていた。
「あのさ、なんて呼んだらいい?」
最初に口を開いたのは私の方だ。「私たち付き合ってるんだよね」なんて恥ずかしいことは聞けない。遠回しな表現だったけれど、彼も私の言わんとすることを察してくれたらしく、「なんでもいいよ」と優しく答えてくれた。
「分かった。考えとく」
こうして私は高校一年生の初夏、桐生陸と交際することになったのだ。