最初の印象通り、彼は本当によく喋る人だった。
「英語の予習してきた?」
「え? う、うん一応。桐生くんは?」
「俺もざっと見ただけ。授業こえーな」
登校してから朝課外(九州の高校に通っており、九州では一限の前に一時間「朝課外」と呼ばれる授業が行われる)が始まる前にさっそく彼は話しかけてきた。
どちらかと言えば口数が少ない私だったが、彼に話しかけられた時にはなぜかすんなりと口を開くことができた。
まだ慣れない高校生活に、慣れない授業。進学校のため授業の進むスピードは速く、先生の話についていくだけでも必死で、中学校では一番や二番の成績だった人もどんどん置いてきぼりをくらっていた。私も不安と恐れの中で授業に臨んでいたのだが、ひょうきん者に見える隣の彼も同じように授業が怖いんだな、と思うと安心することができた。
それほど怖くない先生の授業の時は、彼は授業中にでも私に話しかけてくる始末だ。
「あー、あれ知ってるわ。俺、中学ん時塾で習ってさ〜」
「私も入学前にちょっとかじったところだ」
話の内容はいたって真面目で、授業についての話なのに、後ろの席で私たち二人が話しているのを見兼ねた先生が、「そこの後ろの桐生くん、うるさい」と軽く注意する。
「『桐生くん、うるさい』だって。私は怒られなかったわ」
「うわ、俺だけかよ、サイアク」
全然「最悪」そうじゃない彼の笑い顔がおかしくて、先生に一人だけ注意される彼がちょっぴり不憫だけどやっぱりおかしくて、授業中にもかかわらず私は一人わらけてきた。

彼と隣の席になってひと月が経つ頃には、彼と話すのがとても心地よく感じていた。
当時私は中学の頃二年間片想いをしてフラれた相手のことを引きずっていたのに、気がつけばもうその片想いの相手は頭から離れていた。その代わり、「今日はどんな話をするのかな」「また授業中に怒られたりして」と考えるのは桐生陸のことばかりになって。
1学期の期末テストが始まる頃には、桐生陸に恋をしている自分に気づいた。
あれだけ別の人に片想いをしていたのに。
こんなに簡単に、彼のことを好きになるのか。
自覚した時には、片想いの相手に吹っ切れたことが嬉しくて涙が出そうだった。しかしだからと言って、新しい恋が上手くいくとは限らない。このまま馬鹿みたいにくだらない会話をして友達どまり、なんてことも十分にありえる。
そう危惧した私は、期末テストが終わったら気持ちを伝えようと決意していた。