「……あの、さっき言ってた子ども食堂って、なんのことですか?」
隣で海を眺めながら佇むユウさんに、私は小さく訊ねた。
私は今、閉店後の片付けを手伝ったあと、恒例の夜の散歩に行く彼について砂浜に来ている。
ユウさんは「遅くなったら家の人が心配するんじゃない?」と言ったけれど、祖父母に了解はとってあると答えた。うそをつくのは申し訳ないと思ったものの、今日はもう少し彼と一緒にいたいと思ってしまったのだ。
「あ、そうか、真波ちゃんが来るようになってからはまだ子ども食堂やってないか」
ユウさんがぱちりと手を叩いて言った。
「ナギサでは、毎週金曜日の夕方に子ども食堂を開いてるんだ。一年くらい前にテレビでそういう取り組みがあるって知って、うちでもやってみようって」
「子どもがお客さんになるっていうことですか?」
「お客さんっていうか、子どもたちにご飯食べてもらうっていう感じかな。ほら、親御さんが忙しくて晩ご飯一緒に食べられない家とかもあるから、みんなナギサにご飯食べにおいでー、っていうね」
「タダで食べさせてあげるってこと?」
「そりゃね、子どもからお金はとれないよ」
ユウさんは軽く言って笑ったけれど、何十人もの子どもに無料で食事を振る舞うというのは、なかなか大変なことなのではないかと思った。
「みんなでわいわい食べたら楽しいでしょ」
「そう、ですかね……」
私はひとりで食べるほうが好きだった。同じ食卓に他人がいるのは、落ち着かない。
「毎日ひとりでご飯食べるって、寂しいからね……」
彼はどこか遠い目をして、ひとりごとのようにぽつりと言った。
その横顔を見て、もしかしてユウさんはずっとひとりでご飯を食べているんだろうか、となんとなく思う。そういえば彼の家族の話は本人からもお客さんたちからも聞いたことがない。実は結婚とかしてたらどうしよう、と思っていたけれど、やっぱりひとり暮らしなんだろうか。
「先週の金曜日は祝日だから、子ども食堂は休みだったんだ。だから真波ちゃんはまだ見たことないよね」
「あ、そうだったんですね。……どんな感じのイベントなんですか」
「イベントなんて言えるようなもんじゃないよ。ただ簡単な軽食、サンドイッチとかおにぎりとか、玉子焼きとか唐揚げとか、あとはジュースを何種類か、ビュッフェみたいな感じにしてるだけ」
「でも、子どもは喜びそう」
「まあ、そうだね、嬉しそうに食べてくれるから俺もやりがいあるよ。でも、最近はけっこう人数が増えてきたから、料理を出すのが遅れちゃったり、あんまり構ってやれない子もいたりして、申し訳ないんだけどね」
ユウさんが少し困ったように言った。その顔を見たら、なんだか黙っていられなくて、気がついたら「あの」と声を上げていた。
「えーと……、私でよかったら、お手伝いしましょうか?」
言ってしまってから、急激に恥ずかしさが込み上げてきた。私なんかに手伝いを申し出られても迷惑なだけだろう。特別なことなんてなにひとつできない私がいたって役に立てるはずがないし、それなのにこんなことを言われたら断りにくくて、逆に困らせてしまうに違いない。口に出したことを激しく後悔する。
でもユウさんは、「えっ、いいの?」と目を輝かせた。
「ひとりだと限界かなって思ってたところだから、真波ちゃんが手伝ってくれたら、すごく助かる!」
そんなふうに言ってもらえるなんて思ってもいなかったから、私は思わずうつむいて言葉を探す。
「あの、でも私、子ども苦手なんで遊び相手とかは無理で……料理のお手伝いとかしかできないかも……」
「いいよ、いいよ! それだけでも十分助かる」
いいんですか、と返した声がかすれてしまって情けない。
「あっ、でも」
ユウさんが急に眉を下げて申し訳なさそうな表情になった。
「バイト代、ちょっとしか出せない……それでも大丈夫?」
私は「えっ」と驚いて首を横に振った。
「いや、お金なんてもらえません! ほんとちょっとしたお手伝いくらいしかできないし……いつもお世話になってる恩返しっていうか、ただ私がやりたいだけなんで」
そう言った自分の言葉に驚いてしまう。『やりたい』なんて積極的な言葉が私の口から出るなんて。
「え、いいの? 俺としては助かるけど……なんか申し訳ないよ」
目を丸くしている彼に、必死にうなずき返す。
「いいんです、いいんです。ほんとに!」
「そう? じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
ユウさんがやっと笑ってくれた。
「代わりにって言ったらあれだけど、まかないとして、真波ちゃんも好きなだけ晩ご飯食べてってよ。あ、おうちの人にも伝えといてね」
私はまたうなずき、「ありがとうございます」と答えた。
じゃあそろそろ、と頭を下げてユウさんと別れて家に向かって歩きながら、気分が高揚しているのを感じた。
自分からなにか新しいことをしようと行動と起こしたのなんて初めてだ。なんだか妙にわくわくする。
「明日、楽しみだな……」
思わずひとりごちて口許の緩みを感じていたとき、道の前方に人影があるのを見つけた。
隣で海を眺めながら佇むユウさんに、私は小さく訊ねた。
私は今、閉店後の片付けを手伝ったあと、恒例の夜の散歩に行く彼について砂浜に来ている。
ユウさんは「遅くなったら家の人が心配するんじゃない?」と言ったけれど、祖父母に了解はとってあると答えた。うそをつくのは申し訳ないと思ったものの、今日はもう少し彼と一緒にいたいと思ってしまったのだ。
「あ、そうか、真波ちゃんが来るようになってからはまだ子ども食堂やってないか」
ユウさんがぱちりと手を叩いて言った。
「ナギサでは、毎週金曜日の夕方に子ども食堂を開いてるんだ。一年くらい前にテレビでそういう取り組みがあるって知って、うちでもやってみようって」
「子どもがお客さんになるっていうことですか?」
「お客さんっていうか、子どもたちにご飯食べてもらうっていう感じかな。ほら、親御さんが忙しくて晩ご飯一緒に食べられない家とかもあるから、みんなナギサにご飯食べにおいでー、っていうね」
「タダで食べさせてあげるってこと?」
「そりゃね、子どもからお金はとれないよ」
ユウさんは軽く言って笑ったけれど、何十人もの子どもに無料で食事を振る舞うというのは、なかなか大変なことなのではないかと思った。
「みんなでわいわい食べたら楽しいでしょ」
「そう、ですかね……」
私はひとりで食べるほうが好きだった。同じ食卓に他人がいるのは、落ち着かない。
「毎日ひとりでご飯食べるって、寂しいからね……」
彼はどこか遠い目をして、ひとりごとのようにぽつりと言った。
その横顔を見て、もしかしてユウさんはずっとひとりでご飯を食べているんだろうか、となんとなく思う。そういえば彼の家族の話は本人からもお客さんたちからも聞いたことがない。実は結婚とかしてたらどうしよう、と思っていたけれど、やっぱりひとり暮らしなんだろうか。
「先週の金曜日は祝日だから、子ども食堂は休みだったんだ。だから真波ちゃんはまだ見たことないよね」
「あ、そうだったんですね。……どんな感じのイベントなんですか」
「イベントなんて言えるようなもんじゃないよ。ただ簡単な軽食、サンドイッチとかおにぎりとか、玉子焼きとか唐揚げとか、あとはジュースを何種類か、ビュッフェみたいな感じにしてるだけ」
「でも、子どもは喜びそう」
「まあ、そうだね、嬉しそうに食べてくれるから俺もやりがいあるよ。でも、最近はけっこう人数が増えてきたから、料理を出すのが遅れちゃったり、あんまり構ってやれない子もいたりして、申し訳ないんだけどね」
ユウさんが少し困ったように言った。その顔を見たら、なんだか黙っていられなくて、気がついたら「あの」と声を上げていた。
「えーと……、私でよかったら、お手伝いしましょうか?」
言ってしまってから、急激に恥ずかしさが込み上げてきた。私なんかに手伝いを申し出られても迷惑なだけだろう。特別なことなんてなにひとつできない私がいたって役に立てるはずがないし、それなのにこんなことを言われたら断りにくくて、逆に困らせてしまうに違いない。口に出したことを激しく後悔する。
でもユウさんは、「えっ、いいの?」と目を輝かせた。
「ひとりだと限界かなって思ってたところだから、真波ちゃんが手伝ってくれたら、すごく助かる!」
そんなふうに言ってもらえるなんて思ってもいなかったから、私は思わずうつむいて言葉を探す。
「あの、でも私、子ども苦手なんで遊び相手とかは無理で……料理のお手伝いとかしかできないかも……」
「いいよ、いいよ! それだけでも十分助かる」
いいんですか、と返した声がかすれてしまって情けない。
「あっ、でも」
ユウさんが急に眉を下げて申し訳なさそうな表情になった。
「バイト代、ちょっとしか出せない……それでも大丈夫?」
私は「えっ」と驚いて首を横に振った。
「いや、お金なんてもらえません! ほんとちょっとしたお手伝いくらいしかできないし……いつもお世話になってる恩返しっていうか、ただ私がやりたいだけなんで」
そう言った自分の言葉に驚いてしまう。『やりたい』なんて積極的な言葉が私の口から出るなんて。
「え、いいの? 俺としては助かるけど……なんか申し訳ないよ」
目を丸くしている彼に、必死にうなずき返す。
「いいんです、いいんです。ほんとに!」
「そう? じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
ユウさんがやっと笑ってくれた。
「代わりにって言ったらあれだけど、まかないとして、真波ちゃんも好きなだけ晩ご飯食べてってよ。あ、おうちの人にも伝えといてね」
私はまたうなずき、「ありがとうございます」と答えた。
じゃあそろそろ、と頭を下げてユウさんと別れて家に向かって歩きながら、気分が高揚しているのを感じた。
自分からなにか新しいことをしようと行動と起こしたのなんて初めてだ。なんだか妙にわくわくする。
「明日、楽しみだな……」
思わずひとりごちて口許の緩みを感じていたとき、道の前方に人影があるのを見つけた。