五月も末になり、ようやく学校にも少しずつ慣れてきた。
 授業についていけるかを少し不安に思っていたけれど、ここの高校はそれほど進路指導に熱心ではなく進度もけっこうのんびりとしているので、もともと勉強が苦にはならない私は、日々の予習と復習でなんとか遅れを取り戻すことができた。
 もっと心配だった人間関係も、なんとか平穏を保てている。私は中学時代の苦い経験から、なるべく誰とも深い関係を築かずにいたいと考えていた。そうすれば面倒なことにならずに済むから。そんな私の内なる思いがにじみ出ているのか、最近はクラスのみんなも先生たちも、必要以上に話しかけず基本的に放っておいてくれるようになった。——ひとりを除いては。
「真波、お前、部活入らないのか?」
 昼休みが始まると同時に、漣が声をかけてきた。お弁当を持って誰もいない最上階の階段に足を運び、踊り場でひとりの時間を謳歌するのが学校での唯一の楽しみなのに、どうして話しかけてくるんだろう。
 不機嫌を隠さずに「入らない」と短く答えると、彼は「なんで?」と問いを重ねてきた。迷惑だ。
「別に入りたい部活ないし」
「それなら、女子バレー部に入らないか? 今人数が足りなくて困ってるらしい」
「嫌だ。部活をやること自体が面倒くさい」
 漣が苦々しい顔で「無気力人間」と呟いた。
「はあ? 部活は任意でしょ。入る入らないは個人の自由じゃん」
 漣は男子バレー部に所属している。だからこそ、女子バレー部なんて私的にはいちばんありえなかった。これ以上、漣と一緒の空間にいる時間を増やしたくない。学校が終わってから彼が部活を終えて帰宅するまでの時間が、私にとっては貴重な〝漣から干渉されずに済む時間〟なのだ。
「どこでもいいけど、どっかの部活に入れば友達もできるだろ」
「友達なんかいらないって、何回言ったら分かるの?」
 眉をひそめて答えると、漣は「ほんと意地っ張りだな」と吐き捨てるように言った。
「なんとでも言えば。私はひとりが好きなの」
 友達なんかいてもろくなことはないと、私は嫌というほど知っているのだ。
 まだなにかを言いたげな漣の横をすり抜けて、私は教室をあとにした。