穴穂皇子(あなほのおおきみ)が大王に即位してから、早1ヶ月程が経過していた。

彼は新たな自身の宮である石上穴穂宮(いそのかみのあなほのみや)を建て、そこで政り事を始めていた。最初は慌ただしい日々を送っていたが、それもここにきて、ようやく落ち着き始めている。

そんな中、新たに大王となった穴穂大王は、1人自身の部屋にてふと考え事をしていた。

大泊瀬(おおはつせ)もそろそろ、妃の1人でも決めておくべきか……」

弟皇子である大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)に、妃の1人でも娶らせておけば、彼も少しは落ち着いて良いのではと彼は考えた。

「とりあえず正妃は、出来れば皇女の方が良いだろう。豪族から娶るとなると、また権力云々でややこしい。それに大泊瀬も豪族が権力を持つのを、余り好ましく思っていない」

その時ふと、彼の脳裏に葛城の韓媛(からひめ)の事が浮かんだ。大泊瀬皇子と韓媛の関係が若干気にはなるが、妃を無理に1人に絞る必要もないだろう。

(まぁ、それについては大泊瀬本人に聞いてみれば良い)

それから彼は、色々候補を考えてみる事にした。だが相手が皇女となると、かなり限られて来る。

「うーん、今皇女でまだ嫁いでいない姫となると……草香幡梭姫(くさかのはたびひめ)ぐらいか」

草香幡梭姫は、雄朝津間大王(おあさづまのおおきみ)の父親であった大雀大王(おおさざきのおおきみ)が、磐之媛(いわのひめ)以外の妃である日向髪長媛(ひむかのかみながひめ)との間に出来た皇女だ。

その草香幡梭姫と、彼女の兄にあたる大草香皇子(おおくさかのおうじ)は、雄朝津間大王とは異母兄弟になる。
つまり穴穂大王や大泊瀬皇子から見れば、草香幡梭姫は彼らの叔母にあたる人物だ。

「ただ彼女と大泊瀬では、わりと歳が離れている。それが少し気にはなるが」

だが相手はあの大雀大王の皇女だ。身分的には全く持って問題はない。

それに噂によれば、兄の大草香皇子は妹の草香幡梭姫の事をかなり心配しているらしい。であれば大泊瀬皇子の妃の申し入れは、意外に喜ばれるかもしれない。

「大泊瀬がどう思うかが一番気がかりではあるが……まぁ弟に聞いてみて、それで問題がなければ、叔父の大草香皇子に伺いを立てるとしよう」

こうして穴穂大王の中で、大泊瀬皇子の妃は草香幡梭姫を勧めてみる事で決まった。

「確か大泊瀬が近々この宮に来るだろうから、その時に聞いてみるか」

こうして穴穂大王は、数日後ここに来る大泊瀬皇子を待つ事にした。