「先程宮の人達が、軽大娘皇女(かるのおおいらつめ)の姿が見えないといってました。なので木梨軽皇子(きなしのかるのおうじ)の元に向かわれたのだろうと……」

それを聞いた軽大娘皇女は、このままでは宮の使用人達に気付かれてしまうと思った。

「えぇ、その通りよ。ある信用のおける者に頼んで、木梨軽皇子の側まで連れていってもらう手筈なの。お願いよ、韓媛(からひめ)。ここは見逃してちょうだい……」

軽大娘皇女は必死で韓媛にお願いした。彼女の目には少し涙を含ませていた。

(軽大娘皇女が木梨軽皇子の元に行っても、心中を止めるには……)

韓媛はそんな彼女を見て思った。
剣で2人の災いは断ち切っている。であれば、未来はこれからきっと変わっていくのだろう。
それなら、あとはもう2人を信じるしかない。

「分かりました。では軽大娘皇女に1つお願いがあります。この先、例えどんな事があったとしても、木梨軽皇子と2人で必ず生き延びて下さい」

「か、韓媛?」

軽大娘皇女は、韓媛にいきなりそんな事をいわれてとても驚く。

そんな軽大娘皇女を気にする事なく、韓媛は続けていった。

「諦めさえしなければ、悪い運命もきっと乗り越えられるはずです。あなたのご両親や兄弟方のためにも……」

軽大娘皇女は、韓媛にそこまでいわれて、突然泣き出してしまった。

そして泣きながら「分かった。あなたのいう通りにするわ」と答えた。

そして余り長くここにいては、宮の人達に見つかってしまうかもしれない。
そのため、軽大娘皇女は急いで待ち合わせの場所へ向かう事にした。

そして最後に韓媛に対し「韓媛、本当にありがとう。大和を出る前にあなたに会えて良かったわ」とだけいってから、待ち合わせ場所に向かっていった。

韓媛は、そんな軽大娘皇女をしばらくの間見送っていた。

(本当にこれで上手くいくと良いわね……)

だが彼女は不思議と、あの2人がもう死ぬことはないと、何故だか確信が持てるような気がした。もしかするとそれは、この剣のお陰なのかもしれない。


こうして韓媛は、急いで遠飛鳥宮(とおつあすかのみや)に戻る事にした。

彼女が宮に戻って来ると、軽大娘皇女がいない事に、宮の人達も気付き出していた。
彼女の母親の忍坂姫(おしさかのひめ)はとても心配しており、大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)や他の兄弟達も、近くを探すべきではないか等と話していた。
だがもうすぐ日が暮れるため、馬も使えず、明日探す事にしたようだ。

(やはり大変な事になってるわ。でも明日なら軽大娘皇女も遠くに行ってるはず。きっと大丈夫よね)

そんなふうに韓媛が思っていると、大泊瀬皇子が彼女の元にやって来た。

「韓媛すまない、(かる)の姉上がいなくなってしまった。なので明日は姉上の捜索をする事になる。そのため、お前を送り届けるのが少し遅れてしまう……」