韓媛(からひめ)は部屋に戻ると、試してみたい事があった。

それは前回父親を救ったあの例の剣である。
この剣を使い、木梨軽皇子(きなしのかるのおうじ)軽大娘皇女(かるのおおいらつめ)を何とか救えないものだろうか。

「今日はそのために、大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)から色々と聞いてたのよね」

韓媛はそういうと、早速鞘から剣を引き出してみる。今回も特に変わった所はなさそうだ。

(よし、ではやってみましょう)

それから韓媛は剣を強く握った。そして一度深呼吸をし、それから目をつぶって祈り出した。

(どうしても、木梨軽皇子と軽大娘皇女を助けたいの。お願い力を貸して)

するとまた剣が急に熱くなってきた。

そしてまた不思議な光景が見えてきた。そこは外のようで、木が少し茂っている。そしてその先には少し海が見えた。

(ここはどこかしら?)

その場所は、彼女が今まで一度も見た事のない場所だった。

彼女がふと先方の方に目を向けると、そこには2人の若い男女が立っていた。

(あの2人は一体誰?)

その2人をさらによく見てみると、女性の方には見覚えがあった。それはあの軽大娘皇女だ。

(軽大娘皇女がいるなら、となりにいるのは木梨軽皇子かしら?でも彼は今伊予国(いよのくに)にいるはずだわ……)

そんな2人の男女は、互いにしっかりと抱き合っていた。まるで最後の別れをするかのように。

(この2人、本当に互いに愛し合っていたのね)

まともに恋をした事がない韓媛からすれば、そんな2人が少し羨ましく思える。

それから2人は、海の方に顔を向けた。その時になって、韓媛はその先が崖になっている事に気が付く。

そして2人は手を繋いで、そのまま崖のほうに向かって歩き出した。

韓媛はそんな2人を見て、だんだんと嫌な予感がしてきた。

(ち、ちょっと、待って。もしかしてこの2人……)

2人の周りには、変な暗い色の糸のようなものがたくさん巻き付いていた。
これがきっと2人の災いの元なのだろう。

(きっと、この糸を切りさえすれば)

韓媛はそう思うと、その光景の中で思いっきり剣を振った。
しかし何故か2人の糸に剣は届かない。

(もしかして、私が2人の側にいないから切れないの?)

そして2人は崖の側まで来ると、一度お互いの顔を見て、それから一気に崖に身を投じた。

(ま、待って。嫌ーー!!!)

そこで韓媛はハッとして目を開けた。
するとそこは、自身の部屋の中のままだった。

(なんという恐ろしい光景を見てしまったの……)

彼女は思わず身震いがした。

「駄目だわ、まだ災いが切れていない。やはり本人達の側に近づかないと、無理なのかもしれないわ」

だが軽大娘皇女ならまだしも、木梨軽皇子の元に向かう事は、彼女にはよう出来ない。

「それなら、まずは軽大娘皇女の元に行ってみようかしら」

韓媛はとりあえず、一度軽大娘皇女に会ってみる事にした。