雄朝津間大王(おあさづまのおおきみ)は自身の玉座(ぎょくざ)に腰をかけて、この度の事態に対しとても悩んでいた。

大王である彼は、髪を美豆良(みずら)で纏め、服も衣褲(きぬはかま)の姿である。また手首と膝下には紐を巻いて結び、金色の入ったとても色鮮やかな複数の髪飾りをつけている。

そんな彼は、いかにも大和の王と言った風格を全面に出していた。

また玉座の横には、そんな彼に相応しく、たいそう立派な鉄剣が常に置かれている。


そんな彼には、男女を含めて9人もの子供がいるのだが、その第1皇子である木梨軽皇子(きなしのかるのおうじ)は今年早26歳になっている。彼はとても見る目麗しい皇子だ。

そして雄朝津間大王は、そんな彼を皇太子にしている。

だが皇子は、同母の妹である軽大娘皇女(かるのおおいらつめ)と道ならぬ恋に落ちてしまっていた。
母親が違えば問題は無かったのだが、同じ母親から生まれた2人の恋はとても許されるものではない。

「はぁーどうしたものか」

今の木梨軽皇子は、この事がきっかけで家臣達からの評価がガタ落ちしている。

もちろん本人達と話しをし、一応説得も試みる。だが既に2人は思いを遂げているようで、そんな彼らを納得させるのはそう容易な事ではない。

「一体どこで道を外してしまったと言うんだ。昔は単なる仲の良い兄弟でしか無かったのに」

雄朝津間大王は、一番長子の皇子がまさかこんな大問題を引き起こすとは夢にも思わなかった。彼はとても兄弟思いの優しい青年である。

そんな大王のいる部屋に、1人の女性が入ってきた。彼女は彼の皇后である忍坂姫(おしさかのひめ)だ。

彼女は頭上に髪を結い上げ、そこに煌びやかな櫛を刺していた。また服装も高価そうな衣と裳を合わせ、丸や円錐の玉を通した髪飾りをつけている。

さらに今問題になっている、木梨軽皇子と軽大娘皇女の産みの母親でもある。

「大王、どうされたのですか?」

彼女はそういって、酷く頭を抱えている彼の側に歩み寄った。

「あぁ、木梨軽皇子と軽大娘皇女の事だ。本当に厄介な事になってしまったと思ってね」

雄朝津間大王はそういって、自身の元に寄り添った彼女の前で思わずため息をつく。

(今回は、本当にとんでもない事になってしまった……)

そんな彼の横で話しを聞いていた忍坂姫も、その件の事だったかと理解する。

「まぁ、その事ですか。当の2人には可哀相ですけど、何とかケジメを付けないといけません。
特に木梨軽皇子は皇太子なので、これでは家臣達に示しがつきませんから」

まさか自分達の子供に限って、そのような事になるとは彼女も全く予想していなかったようだ。
出来る事なら2人の気持ちは尊重したい。だが大和の皇族である2人だ。本人達さえよければ良いと言う訳にも中々いかなかった。

「とりあえず、今2人は互いに会わせないようにしている。それと木梨軽皇子には、政り事等に関わる事も控えさせた」

彼らが聞いた使用人の話では、軽大娘皇女も木梨軽皇子との関係が知られて以降は、部屋にこもりがちになっているようだ。

「それにこのままだと、木梨軽皇子を皇太子から外す事も考えないといけなくなる」

雄朝津間大王はそう独り言のようにしていった。

(たくさん子供に恵まれれば、後継者問題に悩まなくて良いと思っていた。だが多ければ良いと言う訳でもなかったのかもしれない)

雄朝津間大王と忍坂姫は、互いの顔を見ながら、今後の2人の事がただただ心配でならなかった。