阿佐津姫(あさつひめ)はそんな市辺皇子(いちのへのおうじ)の告白を聞き、自身の本音を語りだした。

「市辺、私もあなたと一緒で中々素直じゃなかったわね。昔からあなたは少し意地悪な所があったから。
だから、あなたから婚姻の申し出があった時も、凄い同情されてるようで酷く腹が立ったの」

(え、だから阿佐津姫は市辺皇子の婚姻を断ったの)

韓媛(からひめ)からしたらそんなことがあるのかとかなり驚いた。
自分と大泊瀬皇子との関係に比べれば、無条件で正妃にもなれる阿佐津姫は何とも羨ましい立場である。

「それに父が亡くなって親戚の物部の元で暮らすようになって、最初は本当に孤独だった。
でもそんな私を支えてくれたのが今の夫。そんな優しい彼をどうしても裏切ることが出来なくて……」

元々気の強い阿佐津姫からしたら、そんな環境に陥り、当時は相当辛かったことだろう。
そこに手を差しのべてくれたのが、今の彼女の夫だった。

「でもあなたが荑媛(はえひめ)を妻に娶ったと聞いた時、はじめて自分の気持ちに気がついたの。だけどその時には、もうどうすることも出来なかった」

市辺皇子はそんな阿佐津姫の話しを静かに聞いていた。

彼は特に驚く様子もなく、いたって優しい表情を彼女に向けていた。

「まぁそれはお互い様だから仕方ないことだ。だがお前がここまで本音で話しをするのを聞いたのは始めてだ。
こんな形でもお前の本音を聞けれて良かったよ」

しかし彼の意識は段々もうろうとしてきていた。

そして最後に大泊瀬皇子にも何かいいたいのか、少し体を傾けた。

「次の大王はもうお前しかいない。俺としてはかなり不安だが、大和をより良くしたいなら、その使命をしっかりと果たせ。そして韓媛のことも頼むぞ……」

「市辺皇子、お前は最後まで俺に嫌みをいうな。だがお前のいったことは必ず成し遂げてやる」

大泊瀬皇子もかなり沢山の涙を浮かべていた。ここにきて初めて2人は歩み寄れたのかもしれない。

そしていよいよ市辺皇子の意識が消え失せようとしている。

「市辺皇子、お願いだからしっかりしてよ。私あなたにはまだ生きていて欲しいのよ!」

阿佐津姫はそういって彼の肩を抱き締めた。

すると市辺皇子は小さな声で最後の言葉を発する。

「阿佐津姫、お前のことが本当に心の底から好きだった。愛している……」

「市辺皇子、私もよ。私もずっとあなたのことを愛してるわ!」

阿佐津姫のその一言を聞いた市辺皇子はとても満足したような表情を見せて、そのままゆっくりと目を閉じた。

「市辺皇子ー!!」

阿佐津姫はその場で叫んで彼を思いっきり抱き締めてわんわんと泣き出した。

すると他の者達も同様に、皆ひたすら涙を流した。

韓媛も大泊瀬皇子にしがみついて泣いていた。確かに2人の皇子の災いは断ち切られたのかもしれない。でもこの悲しみは中々無くなることはないだろう。