大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)が4年ぶりに葛城の元を訪れてから、2週間程が経過していた。

葛城円(かつらぎのつぶら)が自身の部屋で仕事をしていた時の事である。
娘の韓媛(からひめ)が綺麗な山茶花が手に入ったので、父親にあげようと思い、部屋へと向かった。

「お父様、綺麗な山茶花が手に入ったのでお持ちしました。中に入っても宜しいですか?」

彼女は、父親の部屋の外から声をかけた。しかし中からは一向に返事が返ってこない。

(あら、変ね。先程は部屋にいたはずなのに……)

「お父様、いらっしゃらないのですか?」

韓媛は何度か部屋の外から声をかけてみた。しかしそれでも何の反応もない。
彼女がどうしたものかと、途方にくれていると、部屋の中から奇妙な唸り声が聞こえて来た。

「う、うぅ……」

(え、お父様?)

韓媛はついに待ちきれなくなり、そのまま部屋の中へと入った。

実際に入ってみると、部屋の中では葛城円が俯伏せの状態で床に倒れていた。そして彼はとても苦しそうにしている。

「お、お父様! 一体どうされたのですか」


韓媛は慌てて父親に駆け寄った。そして彼を一旦仰向けにし、彼に声をかけた。
円も一応意識はあるみたいで、とてもしんどそうにしている。

そして彼女が彼のおでこに手を当てると、かなり熱を持っていた。

(凄い、熱だわ……)

「韓媛、悪いな……急に体がフラついて来たかと思うと、そのまま酷くしんどくなり、さらに熱が出てきたようだ」

彼はそういって、尚もしんどそうにしている。

とりあえず、このままだと父親が危険だ。急いで治療に当たらないと、命まで危ういかもしれない。
韓媛は急いで使用人達に伝える事にした。

「お父様、待ってて下さい。急いで誰か呼んで来ますから!」

彼にそういって、彼女は部屋を飛び出して行った。

そしてこの家の使用人に今の現状を伝えた。それを聞いた者は慌てて、病気に詳しい者を呼ぶ事にした。

韓媛も何か自分に出来る事をしないとと思い、ひとまず水で濡らした布を用意して、円の体を拭いたり、水を飲ませてみる事にした。

(お父様にもしもの事があったら、どうすれば良いの……)

韓媛にとって、父親である円は唯一の近い肉親だ。そんな彼にもしもの事があれば、彼女には到底耐えられるものではない。


それから暫くして、病気に詳しい者がやって来た。
そして急いで父親の状態を見てもらうも、原因は不明との事。

韓媛は水が足りなくなったため、追加の水を急いで取りに行く事にした。そして彼女が走っていると、うっかり誰かにぶつかってしまった。

「ご、ごめんなさい。急いでいたものだからつい……」

韓媛が慌ててぶつかった相手に謝った。そして相手の顔を見ると、それは何と大泊瀬皇子だった。

どうやら彼は、今日葛城に来ていたようだ。