平城京の導き ~古都の物語〜

 それから即位の礼の拝見が終わり、天皇は大極殿の中へと戻っていった。
 今日は、元正天皇の詔を聞けて本当に良かったと思う。天皇ご本人の姿が見られなかったのは残念だが、それでも大極殿の中では、きっと厳かに式が行われていたのだろう。
 また、首皇子も変わらず務めを果たしているようで、顔こそはっきりとは見えなかったが、一年ぶりにその姿を目にし、自然と熱が込み上げてきた。
(どうしてだろう。久しぶりに首皇子の姿を見られたのに、妙に切なくなってくる)
 この感覚が何を意味しているのか分からないまま、彼女は母親とともに父親と合流するため、朱雀門のそばへと向かった。今日は式が終われば、すぐ邸宅に戻ると聞いていたので、ここで待っていればすぐに会えるはずだった。
 だが、二人が朱雀門の前で待っていても、一向に父の姿が表れない。門の前を人々の波が、次々とくぐり抜けていくばかりだった。
 そこで道端にいた知り合いの役人を見つけて尋ねてみると、彼は式が終わるやいなや、急に姿を消してしまったらしい。
「はぁ……仕方ないわね。このまま待っていても、いつ彼が来るか分からないわ」
 そう言って、三千代は小さくため息をついた。
 仕方なく、二人はそのあと手分けをして、父を探すことにした。
(もう......お父さまったら。式が終わったらここに来るようにって、自分で言っていたのに)

 安宿媛は、必死になって父を探した。広い平城宮の中を、何度も行きつ戻りつしながら。だがそれでも、父の姿はどこにも見当たらない。
 式が終わってからそれほど時間が経っていないため、まだ宮中には多くの人々が行き交っている。人々の衣擦れの音と、遠くの鼓の響きが入り混じり、そざわめきとなって、彼女の耳に入ってくる。
「早くお父さまを見つけないと。このままじゃ、本当に見失ってしまう」
 そうして必死で探しているうちに、安宿媛はようやく父の姿を見つけることができた。その背中を見つめた瞬間、ほっと息がこぼれた。
(あら、お父さまったら、またあんな壁の隅に?どうかしたのかしら)
 彼女は父のそばまで駆け寄り、ひとまず彼に声をかけてみた。
「お父さま、探しましたよ。一体こんなところで何をなさっているんですか?」
 だが不比等は背を向けていたため、その前に一人の人物が立っていることに、彼女はまったく気づかなかった。
 そして、その人物は――首皇子。まさか、こんなところで、再び顔を合わせることになるなんて。
「えっ……首皇子が、どうして?」
 思わず声を上げ、彼女は固まった。まさかこんな場所で再会するとは思ってもみなかった。
「安宿媛、今は見てのように取り込み中だ。お前は向こうで待っていなさい」
 だがそんな父の制止を背に、首皇子が口を開く。
「お祖父さま、もうこの話は終わりにしてください。俺も東院に戻りたいので、これで失礼します」
「待て、首皇子。まだ話は終わっていない」
 不比等は慌てて首皇子の腕を掴み、彼の足を止めようとする。
 だが皇子はそんな彼の手をサッと振り払い、一瞬だけ安宿媛を見つめてから、不比等に向かって言い放つ。
「何度言われようとも、私は妃に藤原氏の娘を迎える気はありません。たとえあなた方がどんなに強引に話を進めようとしても、私は決して従いません」
 それだけ言うと、皇子は安宿媛の存在など気にも留めず、無言のままその場を去っていった。
 不比等はあまりのことに頭を抱え、その場で深く息を吐いた。
 一方の安宿媛は、何が何だか分からず、呆然と立ち尽くしてしまう。あれが、自分の知っている首皇子だというのか。
 体を強ばらせたまま、彼女は戸惑いながらも、ようやく父に問いかけた。
「お父さま、今のは一体どういうことですか?」
「はぁ……皇子の言ったとおりだ。私は首皇子に、自分の娘であるお前を妃にと考えていた」
「えっ、私を首皇子の妃に?」
「ああ。以前から打診はしていたのだが、なかなか返事が得られなくてな。それで今日、直接本人に確かめてみたのだ」
「そ、そんなことって……」
「だが、皇子はものすごい拒絶の姿勢を示してきた。しかもお前のいる前で、はっきりと断りを入れてきたのだ」
「それが、さっきの言葉ということですか?」
「おそらく、お前の前ではっきりさせたかったのだろう」