それから数日後のこと。安宿媛は、なぜか急に首皇子に誘われ、二人そろって平城宮の外へと出てきていた。
かつて秋に茂っていたススキは、すでに葉を落とし、穂先だけが白くかすれて残っている。冷たい風にかさかさと揺れるその姿は、季節の移ろいを淡く物語っているようだ。
「ねぇ、首皇子、一体どうしたのよ」
「まぁ、まぁ。いいから」
首皇子は彼女の手を取ると、そのままススキ原の奥へと歩き出した。今は真冬ということもあり、二人とも普段より衣を重ね、厚く着込んでいる。
「だいたい、君が前に行きたそうにしてた場所って、ここなんじゃないかと思ってね。ほら、俺の前で倒れる直前に、そんなことを言ってただろ」
「え、どうして分かったの?」
「俺たちが、子供の頃この辺りでよく遊んでいた場所だろ。だから、きっと君はここに来たいんだろうと思ったんだ」
(完全に、首皇子にばれていたのね)
安宿媛は、彼に考えを見透かされてしまったことが少し腑に落ちない。それでも、彼のほうからこうしてここへ誘ってくれたことが、素直に嬉しかった。
とはいえ、そう簡単に進める道のりではない。二人は足に枯れ葉を絡ませながら、ゆっくりと歩いていく。
やがて、ふと道が開けた場所へと出た。辺りは一面ススキに囲まれており、外からは誰にも見つからないだろう。幸い、ここしばらく雪も止んでいたため、地面は乾いていた。
「よく、こんな場所を見つけたわね」
「実は先日、先に一人でここへ来てね。ここら辺のススキを、少しだけ抜いておいたんだ」
「まぁ……そこまでしていたの?」
安宿媛は、そんな彼の行動に、ただただ驚かされるばかりだった。
「とりあえず、少し休憩も兼ねて、座ろうか」
そう言われて、安宿媛は素直にうなずき、その場に腰を下ろした。地面には、あらかじめ草が少し敷かれていたらしく、そこそこ寒さもしのげそうだ。
二人は腰を下ろしたまま、ふとススキを見上げた。すると、子供の頃に見上げていたススキが、今は立てば、自分たちの身長とさほど変わらない高さなのだと、ふと気づかされる。
やがて、どこからともなく風が吹き抜け、ススキがざわりと音を立てて、横へと揺れた。
そんな中、彼女は髪留めを外し、そっと髪を解いた。そして、ぱっと風に髪をなびかせてから、小さく笑みを浮かべて言った。
「本当に気持ちいい場所ね。もし子供の頃にこんな場所を見つけていたら、きっとここで二人して昼寝でもしていたと思うわ」
「そうだね。今はちょっと寒いけど、秋の始め頃の昼どきなら、できたかもしれない」
首皇子がそう言ってから、二人はしばらく言葉を交わさず、この景色を眺めていた。ススキが風に揺れ、その音だけが、心地好く耳に響いてくる。
安宿媛は、そんなススキの音に誘われるように、ふと首皇子に目を向けて言った。
「私ね、最近ずっと考えていたの」
「え、考えていた?」
首皇子は何のことだろうと思いながら、次の彼女の言葉を待った。
「私は貴族の娘として生きるものだと思っていた。でも……それだけじゃ、足りない気がしたの。困っている人たちの力になりたい。信仰を通して、人を良い方向へ導けたらと思う」
安宿媛は、首皇子の様子を見つめつつ、ひと呼吸おいてから、続けた。
「まだ何ができるかは分からない。そして、それを担う、あなたの支えにもなりたい。平城京に導かれた人たちのように、あなたと一緒に、未来へ人を導いていきたいと思うわ」
首皇子はそれを聞いて、一瞬だけ驚いたように目を見開くも、すぐに微笑んだ。
「安宿媛。俺も、その未来を君と築いていけたら良いと思うよ」
彼女はその言葉に、笑って見せた。
その笑みを首皇子もしばし見つめていた。きっと彼も、そんな未来を一緒に想像したのだろう。
そして今度は、首皇子のほうがそっと口を開く。
「さて、実は今日、君に話したいことがあって、ここに来たんだ」
「え、話したいこと?」
「うん、正直どこから話せばいいのか迷ってるんだけど。君、前に言ったよね。そんなに大事なら、俺が守れって」
「あ……確かに言ったけど。それが、どうしたの?」
「それで、俺なりに考えたんだ。どうしたら、これから先も君をきちんと守っていけるのかって」
(首皇子――あの言葉を、そこまで真剣に受け止めてくれていたの)
そう思った瞬間、安宿媛の胸に、何とも嬉しい喜びが広がった。もちろん、あの時の言葉が口先だけだとは思っていなかった。けれど彼は、その言葉を本気で受け止め、考え続けてくれていた。
かつて秋に茂っていたススキは、すでに葉を落とし、穂先だけが白くかすれて残っている。冷たい風にかさかさと揺れるその姿は、季節の移ろいを淡く物語っているようだ。
「ねぇ、首皇子、一体どうしたのよ」
「まぁ、まぁ。いいから」
首皇子は彼女の手を取ると、そのままススキ原の奥へと歩き出した。今は真冬ということもあり、二人とも普段より衣を重ね、厚く着込んでいる。
「だいたい、君が前に行きたそうにしてた場所って、ここなんじゃないかと思ってね。ほら、俺の前で倒れる直前に、そんなことを言ってただろ」
「え、どうして分かったの?」
「俺たちが、子供の頃この辺りでよく遊んでいた場所だろ。だから、きっと君はここに来たいんだろうと思ったんだ」
(完全に、首皇子にばれていたのね)
安宿媛は、彼に考えを見透かされてしまったことが少し腑に落ちない。それでも、彼のほうからこうしてここへ誘ってくれたことが、素直に嬉しかった。
とはいえ、そう簡単に進める道のりではない。二人は足に枯れ葉を絡ませながら、ゆっくりと歩いていく。
やがて、ふと道が開けた場所へと出た。辺りは一面ススキに囲まれており、外からは誰にも見つからないだろう。幸い、ここしばらく雪も止んでいたため、地面は乾いていた。
「よく、こんな場所を見つけたわね」
「実は先日、先に一人でここへ来てね。ここら辺のススキを、少しだけ抜いておいたんだ」
「まぁ……そこまでしていたの?」
安宿媛は、そんな彼の行動に、ただただ驚かされるばかりだった。
「とりあえず、少し休憩も兼ねて、座ろうか」
そう言われて、安宿媛は素直にうなずき、その場に腰を下ろした。地面には、あらかじめ草が少し敷かれていたらしく、そこそこ寒さもしのげそうだ。
二人は腰を下ろしたまま、ふとススキを見上げた。すると、子供の頃に見上げていたススキが、今は立てば、自分たちの身長とさほど変わらない高さなのだと、ふと気づかされる。
やがて、どこからともなく風が吹き抜け、ススキがざわりと音を立てて、横へと揺れた。
そんな中、彼女は髪留めを外し、そっと髪を解いた。そして、ぱっと風に髪をなびかせてから、小さく笑みを浮かべて言った。
「本当に気持ちいい場所ね。もし子供の頃にこんな場所を見つけていたら、きっとここで二人して昼寝でもしていたと思うわ」
「そうだね。今はちょっと寒いけど、秋の始め頃の昼どきなら、できたかもしれない」
首皇子がそう言ってから、二人はしばらく言葉を交わさず、この景色を眺めていた。ススキが風に揺れ、その音だけが、心地好く耳に響いてくる。
安宿媛は、そんなススキの音に誘われるように、ふと首皇子に目を向けて言った。
「私ね、最近ずっと考えていたの」
「え、考えていた?」
首皇子は何のことだろうと思いながら、次の彼女の言葉を待った。
「私は貴族の娘として生きるものだと思っていた。でも……それだけじゃ、足りない気がしたの。困っている人たちの力になりたい。信仰を通して、人を良い方向へ導けたらと思う」
安宿媛は、首皇子の様子を見つめつつ、ひと呼吸おいてから、続けた。
「まだ何ができるかは分からない。そして、それを担う、あなたの支えにもなりたい。平城京に導かれた人たちのように、あなたと一緒に、未来へ人を導いていきたいと思うわ」
首皇子はそれを聞いて、一瞬だけ驚いたように目を見開くも、すぐに微笑んだ。
「安宿媛。俺も、その未来を君と築いていけたら良いと思うよ」
彼女はその言葉に、笑って見せた。
その笑みを首皇子もしばし見つめていた。きっと彼も、そんな未来を一緒に想像したのだろう。
そして今度は、首皇子のほうがそっと口を開く。
「さて、実は今日、君に話したいことがあって、ここに来たんだ」
「え、話したいこと?」
「うん、正直どこから話せばいいのか迷ってるんだけど。君、前に言ったよね。そんなに大事なら、俺が守れって」
「あ……確かに言ったけど。それが、どうしたの?」
「それで、俺なりに考えたんだ。どうしたら、これから先も君をきちんと守っていけるのかって」
(首皇子――あの言葉を、そこまで真剣に受け止めてくれていたの)
そう思った瞬間、安宿媛の胸に、何とも嬉しい喜びが広がった。もちろん、あの時の言葉が口先だけだとは思っていなかった。けれど彼は、その言葉を本気で受け止め、考え続けてくれていた。



