「でも、どうして娘が呪詛などを掛けられるのですか?」
「そうだ。もしこの家の者に恨みを持つ者がいるとすれば、まずは私だろう」
三千代も不比等も、安宿媛が呪詛にかかるなど、まったく心当たりがなかった。
「この様子からすると、早くても数週間ほど前からでしょう。それ以前に、彼女の周囲や生活に、何か変化はありませんでしたか?」
その場にいた者たちは、皆そろって首を傾げ、考えを巡らした。
やがて――おそらく誰もが、同じひとつの答えに行き着くことになる。
その目線が、自然と首皇子に向けられる。だが誰もが、その言葉を口にするのをためらい、視線を逸らした。
そして、その場の空気は一瞬静まり返ってしまった。
「つまり……俺が彼女のもとを訪れるようになったことが、原因だというわけか」
首皇子は、思わず体を震わせながら、声を抑えてそう口にした。
「首皇子。お前も薄々気づいていると思うが、皇子が安宿媛のもとへ通うようになったことで、二人の婚姻の話が進んでいるのだろう、という噂が広まっている」
「はい。それは、俺もそう思われることは、もちろん覚悟の上でした」
それでも彼は、安宿媛のひたむきな姿に心を動かされ、逃げずに向き合おうと決めたのだ。彼女が、自分にとって大切な存在であることは、何の疑いようもなかった。
「それに関しては、私も何も誤解を解こうとはしなかった。とにかく、しばらくは様子を見ようとしたのだ」
不比等もまた、己の判断の甘さを、深く悔やんでいた。
(安宿媛は、私のせいでこんな目に遭ってしまったのか……)
「く、そう!」
首皇子は、声を荒げると、いきなりその場に立ち上がり、己の怒りをあらわにした。
「安宿媛をこんな目に遭わせて……絶対に許さない。必ず犯人を見つけ出し、その罪を徹底的に後悔させてやる!」
そんな彼を見て、不比等はひどく驚いた。いつもはどちらかといえば控えめな首皇子が、ここまで感情を露わにする姿を、初めて目にしたのだ。
(まさか首皇子に、こんな一面があったとは……)
「首皇子、とにかく落ち着くんだ。まずは家の中をくまなく調べ、呪詛の痕跡を探し出さなければならない」
そう言うと、不比等は安宿媛をいったん別の部屋へ移し、彼女が使っていた部屋と、その周囲をくまなく調べることにした。床を剥がし、壁や天井にも怪しいものがないかを確かめる。さらに部屋の外にまで及び、くまなく調べていった。
そうして、あちこちを探し回った末――彼女の住まいの床下から、木で作られた数枚の人形が見つかった。
形代は古木で作られているようで、土と埃を厚く被っていた。それらは明らかに人の形をかたどっており、これが呪詛に用いられたものであることは、疑いようもない。
「人の病は、罪や穢れから来ると言われている。人形とは、それを祓うためのものだ。人の身に宿った穢れを移し、水に流して清める。本来は、人を救うために用いられてきた」
不比等は、外に集められた人形を見つめながら、静かに言葉を継いだ。
他の者たちも、触れはしないものの、近くへ寄っては、半ば好奇心の目で、それらを眺めていた。
人形は本来、大祓でも用いられてきたものだ。六月と十二月、人は心身についた罪や穢れをそこに移し、水に流して祓い清めることで、災いを遠ざけてきた。
「……そんな人形を、呪詛に使ったというのか」
この呪詛を取り除いたことで、安宿媛の容体はいくぶん落ち着きを見せた。だが、完全に呪いから解放されたわけではないらしい。
人から向けられた呪詛の念が、まだ完全には断ち切れていないのか、別の場所にまだ形代が残っているのかもしれない。
やはり、この呪詛を仕掛けた者を捕えないかぎり、根本的な解決にはならない。
そうした状況もあって、首皇子の怒りは少しも収まっておらず、不比等の協力のもと、引き続き犯人を探すことになった。彼の犯人に対する執着は、傍から見ても相当なものがあった。
(安宿媛の為にも、犯人が見つかるまで、絶対に諦めてなるものか)
「そうだ。もしこの家の者に恨みを持つ者がいるとすれば、まずは私だろう」
三千代も不比等も、安宿媛が呪詛にかかるなど、まったく心当たりがなかった。
「この様子からすると、早くても数週間ほど前からでしょう。それ以前に、彼女の周囲や生活に、何か変化はありませんでしたか?」
その場にいた者たちは、皆そろって首を傾げ、考えを巡らした。
やがて――おそらく誰もが、同じひとつの答えに行き着くことになる。
その目線が、自然と首皇子に向けられる。だが誰もが、その言葉を口にするのをためらい、視線を逸らした。
そして、その場の空気は一瞬静まり返ってしまった。
「つまり……俺が彼女のもとを訪れるようになったことが、原因だというわけか」
首皇子は、思わず体を震わせながら、声を抑えてそう口にした。
「首皇子。お前も薄々気づいていると思うが、皇子が安宿媛のもとへ通うようになったことで、二人の婚姻の話が進んでいるのだろう、という噂が広まっている」
「はい。それは、俺もそう思われることは、もちろん覚悟の上でした」
それでも彼は、安宿媛のひたむきな姿に心を動かされ、逃げずに向き合おうと決めたのだ。彼女が、自分にとって大切な存在であることは、何の疑いようもなかった。
「それに関しては、私も何も誤解を解こうとはしなかった。とにかく、しばらくは様子を見ようとしたのだ」
不比等もまた、己の判断の甘さを、深く悔やんでいた。
(安宿媛は、私のせいでこんな目に遭ってしまったのか……)
「く、そう!」
首皇子は、声を荒げると、いきなりその場に立ち上がり、己の怒りをあらわにした。
「安宿媛をこんな目に遭わせて……絶対に許さない。必ず犯人を見つけ出し、その罪を徹底的に後悔させてやる!」
そんな彼を見て、不比等はひどく驚いた。いつもはどちらかといえば控えめな首皇子が、ここまで感情を露わにする姿を、初めて目にしたのだ。
(まさか首皇子に、こんな一面があったとは……)
「首皇子、とにかく落ち着くんだ。まずは家の中をくまなく調べ、呪詛の痕跡を探し出さなければならない」
そう言うと、不比等は安宿媛をいったん別の部屋へ移し、彼女が使っていた部屋と、その周囲をくまなく調べることにした。床を剥がし、壁や天井にも怪しいものがないかを確かめる。さらに部屋の外にまで及び、くまなく調べていった。
そうして、あちこちを探し回った末――彼女の住まいの床下から、木で作られた数枚の人形が見つかった。
形代は古木で作られているようで、土と埃を厚く被っていた。それらは明らかに人の形をかたどっており、これが呪詛に用いられたものであることは、疑いようもない。
「人の病は、罪や穢れから来ると言われている。人形とは、それを祓うためのものだ。人の身に宿った穢れを移し、水に流して清める。本来は、人を救うために用いられてきた」
不比等は、外に集められた人形を見つめながら、静かに言葉を継いだ。
他の者たちも、触れはしないものの、近くへ寄っては、半ば好奇心の目で、それらを眺めていた。
人形は本来、大祓でも用いられてきたものだ。六月と十二月、人は心身についた罪や穢れをそこに移し、水に流して祓い清めることで、災いを遠ざけてきた。
「……そんな人形を、呪詛に使ったというのか」
この呪詛を取り除いたことで、安宿媛の容体はいくぶん落ち着きを見せた。だが、完全に呪いから解放されたわけではないらしい。
人から向けられた呪詛の念が、まだ完全には断ち切れていないのか、別の場所にまだ形代が残っているのかもしれない。
やはり、この呪詛を仕掛けた者を捕えないかぎり、根本的な解決にはならない。
そうした状況もあって、首皇子の怒りは少しも収まっておらず、不比等の協力のもと、引き続き犯人を探すことになった。彼の犯人に対する執着は、傍から見ても相当なものがあった。
(安宿媛の為にも、犯人が見つかるまで、絶対に諦めてなるものか)



