平城京の導き ~古都の物語〜

 そんな家臣たちの様子を見て、長屋王の脳裏に、ある考えが静かに芽生えた。
「あぁ、今しがた自邸に戻ってきたところだ」
 家臣たちはそれを聞き、互いに目を合わせた。その場に、言葉のない緊張が走る。
「長屋王様、今私たちが話していたのは、単なる世間話でして」
「......私は、何も聞いていない」
「え?」
「私は何も聞いていないと言っている。お前たちは、好きに言っていろ」
「長屋王様、それは一体、どういう意味で?」
 長屋王は何の表情も変えず、彼らの横を通り過ぎるように歩き出した。
 そして、彼らの脇を抜けようとした、そのとき、耳打ちするように言った。
「もし、お前たちが戯言で言っていたことを起こすなら、私がさらに重宝し、しかるべく取り立ててやる」
 長屋王はそれだけ言うと、その場を離れていった。
 その言葉を聞いた家臣たちは、何も答えられぬまま、思わずその場に固まった。
 だが、しばらくして、ようやく一人が言葉を発した。
「お、おい……これは本当に、首皇子と安宿媛の婚姻を阻止すれば、我々は長屋王に、相当な引き立てを受けられる、ということなのか?」
「確かに、高貴な血筋の長屋王自らが、こんなことをするわけにはいかない。だからこそ、それを我々に託した――そう考えることもできる……」
 家臣たちは、その言葉にうなずき合うと、急に己の欲へと目を向けた。これは長屋王の意思によるものだ。自分たちが、少しぐらい汚い仕事をして、何が悪い。
「少なくとも、王は我々の味方になってくれるはずだ」
「何、安宿媛には、しばらくの間、少し体調でも悪くして、引きこもってもらえればよい。そうすれば、不比等殿も皇子も、彼女との婚姻を諦めるだろう」
 彼らの目に、もはや迷いはなかった。そして、まだ皇子と安宿媛の正式な婚姻は決まっていない。今のうちに動くほかない。
 こうして彼らは、雪がうっすらと積もる寒さの中で、さらに話し合いを続けることにした。

 一方の長屋王は、自身の部屋へと向かう途中で、ふとひとり言のようにつぶやいた。
「私が動かなくとも、大いに欲のある者たちが、ただ勝手に動くだけのこと」
 彼は、ふと外の空を見上げた。空からは、相変わらず小さな雪の粉が、ぱらぱらと落ちてきていた。
(これも天武朝以来の悲願によるものだ。そもそも、皇族以外の者が力をつけること自体、天罰なのだから)
 彼の父は、天武天皇の長子だった。だが、父が天皇になることはなく、代わりに即位したのは、首皇子の祖父にあたる人物である。その系統が、今なお続いていた。
 これも仕方のないこととはいえ、そこに今度は貴族たちまで絡んでくるのが、今の彼には耐えられなかった。
「不比等の娘には何の恨みもないが、彼女という存在が、我ら皇族にとっては、少々厄介な存在のようだ」
 長屋王はそれだけ言うと、その後は何も発することなく、ひっそりと己の部屋へと戻っていった。