平城京の導き ~古都の物語〜

「では皇子、そろそろ東院に戻られた方が宜しいかと」
「あぁ、そうだね。俺たちがここにいてもただ眺めているだけだし、天皇のもとへ戻って、今後の対策を考える方が賢明だろう」
 彼はそう言うなり馬の手綱を握り、さっと馬の向きを変えた。
 従者の男もそれに続いて、自身の馬を誘導しはじめる。
 彼らはそのまま馬を走らせていった。
 日は傾きはじめ、夕焼けの穏やかな光がそっと二人を照らしていた。
 農村の至るところには、いまだ地震の被害が色濃く残っている。人々は首皇子たちの姿を見るなり、少し離れた場所から膝をつき、地に額をつけて拝礼していた。
 そんな光景が、首皇子にはどこか痛ましく思えた。しかし皇太子という立場ゆえ、彼らのもとへ駆け寄ることも言葉をかけることもできず、首皇子はただ無言で馬を進めるほかなかった。
 しばらく馬を走らせるうちに、周囲の景色は次第に遠ざかっていく。
 首皇子は平城宮に戻っている途中に、先ほど見た光景をふと思い返していた。
(彼女のような者が、国を支えるか......)
 先ほどの光景は、首皇子の胸に強く残っていた。自身の衣が汚れることなど一切顧みず、彼女は明るく、そして驚くほどきびきびと働いていた。
 そうしているうちに、首皇子の脳裏には、亡くなった父の姿と、生まれてからほとんど会うことのなかった母の面影がふとよぎる。
『首──お前だけは、必ず生き延びて、母上をどうか守ってやってくれ』
 それは、父が息絶える直前に彼を呼び寄せて告げた、最後の言葉だった。
 まだ七歳になったばかりの首皇子にとって、久々に父に会えたと思った矢先の出来事で、まるで最期の別れのように感じられた。
 彼はただ泣きじゃくり、必死にうなずくことしかできず、父に向けての言葉さえ満足に返せなかった。
(父上、母上……俺の向かい方は、もしかして間違っていたのでしょうか)
 そう胸のうちでつぶやきながら、首皇子は従者とともに東院へと戻っていった。

 その後もしばらく余震が続き、人々の不安は容易には収まらなかった。
 それでも各地の被害状況は少しずつ把握されていき、やがて大赦の詔が発せられた。
 朝廷では、今回の出来事を、徳と政治に欠けたところがあったためだと受け止め、天皇は今後、農民たちの声により耳を傾けるべきだと考えたようである。
 また、この件については、首皇子の意思も深く反映されていた。
 それから、天皇自らが行幸されることを決められた。
今回の目的は、天皇が被災地に赴き、その地域の農民たちとのつながりを深めるためのものだ。
 そして、美濃の不破(ふわ)へ向かうことになった。
 元正天皇は、不破に行幸されるに先立って、下多治比真人広足(たじひのひろなり)を美濃へ派遣し、行宮を造らせることにした。
 その完成を待って、彼女らは、いよいよ平城京を発った。
 同行者には、皇太子の首皇子をはじめ、複数の皇族や藤原不比等といった貴族たちも名を連ねている。
 また、安宿媛も今回の働きを評価され、特別に行幸への同行を許されることになった。