安宿媛は裳の両端をつまみ上げ、どこか憂いを帯びたまま京の大路を駆けていく。
都のあちこちで建物が倒れ、土壁が崩れて土埃が舞っている。根の張った樹々が、地の底から押し上げられたように傾いていた。人々は壊れた家々の片付けや修繕に追われ、声を掛け合いながら慌ただしく行き交っている。
(京の中でさえこれほどの被害なんて……外の村々は、もっと大変なことになっているかもしれない)
彼女は修繕に励む人々の邪魔にならぬよう、裳の裾を押さえながら静かに歩みを進めた。
大学寮のそばを通りかかったその時、外に立つ真備の姿が目に入る。彼は数人の学生たちと、何やら真剣な面持ちで言葉を交わしていた。
「真備殿、どうかなさいましたか?」
思いがけない声に、真備ははっとして振り返り、そばの学生たちも驚いた様子で彼女を見た。
「安宿媛、どうしてこんな所に?」
「この地震で、多くの人たちが被害に遭って困っております。だから、私にも何かできることはないかと思い、お父さまに無理を言って、出てきました」
真備はそれを聞き、一瞬目を丸くしたものの、彼女のひたむきさを理解して微笑みを浮かべる。その目には、確かな納得が宿っていた。
「あなたには、驚かされてばかりです。実は私たちも、被害にあった人々の救済を命じられたところなのです」
学生の彼らにも、そんな命が下っているとは少し意外に思えた。しかし同時に、とても頼もしく感じられる。安宿媛は彼らの存在に安心し、少し肩の力を抜いて言った。
「まぁ、そうだったのですね」
「それで、私が馬に乗れますので、京の外の様子を見に行こうと思っていたのです。あなたも一緒に行きますか?」
「え、本当に、よろしいのですか?」
「ええ。あなたなら軽いですし、二人乗りでも問題ないでしょう」
「では、ぜひお願いします。私も、皆さんのお仲間に入れてください」
「分かりました。では、一瞬に行きましょう」
二人は大学寮の馬を借りるため、一度寮の裏手にある厩(うまや)へと向かった。そこでは、よく手入れされた数頭の馬が騒ぐこともなく並んでいる。日頃から官人たちが、用件の伝達や移動の際に使っているのだろう。鞍や手綱は質素ながらも堅牢で、日々の務めに耐えるだけの丈夫さをもっている。
(大学寮にも、こんな立派な馬が飼われていたのね)
真備は厩に着くなり、厩番の男に声を掛け、事情を説明する。彼は声の調子こそ落ち着いていたが、眼差しには切迫したものが滲んでいた。
相手の男も、話を聞くとすぐさま、厩の中から一頭を連れてきて、彼の前に手綱をそっと差し出した。
「今は急を要するため、本当に助かります」
真備はそう言って、安宿媛を馬に乗せる。
それから自らも彼女の後ろに跨がり、手綱を強く握りしめた。
「では、京の外に向かいます。馬に振り落とされないよう、しっかり掴まっていてください」
「はい、真備殿、お願いします」
こうして二人は馬に跨がり、平城京の外へと急ぎ向かっていった。
都のあちこちで建物が倒れ、土壁が崩れて土埃が舞っている。根の張った樹々が、地の底から押し上げられたように傾いていた。人々は壊れた家々の片付けや修繕に追われ、声を掛け合いながら慌ただしく行き交っている。
(京の中でさえこれほどの被害なんて……外の村々は、もっと大変なことになっているかもしれない)
彼女は修繕に励む人々の邪魔にならぬよう、裳の裾を押さえながら静かに歩みを進めた。
大学寮のそばを通りかかったその時、外に立つ真備の姿が目に入る。彼は数人の学生たちと、何やら真剣な面持ちで言葉を交わしていた。
「真備殿、どうかなさいましたか?」
思いがけない声に、真備ははっとして振り返り、そばの学生たちも驚いた様子で彼女を見た。
「安宿媛、どうしてこんな所に?」
「この地震で、多くの人たちが被害に遭って困っております。だから、私にも何かできることはないかと思い、お父さまに無理を言って、出てきました」
真備はそれを聞き、一瞬目を丸くしたものの、彼女のひたむきさを理解して微笑みを浮かべる。その目には、確かな納得が宿っていた。
「あなたには、驚かされてばかりです。実は私たちも、被害にあった人々の救済を命じられたところなのです」
学生の彼らにも、そんな命が下っているとは少し意外に思えた。しかし同時に、とても頼もしく感じられる。安宿媛は彼らの存在に安心し、少し肩の力を抜いて言った。
「まぁ、そうだったのですね」
「それで、私が馬に乗れますので、京の外の様子を見に行こうと思っていたのです。あなたも一緒に行きますか?」
「え、本当に、よろしいのですか?」
「ええ。あなたなら軽いですし、二人乗りでも問題ないでしょう」
「では、ぜひお願いします。私も、皆さんのお仲間に入れてください」
「分かりました。では、一瞬に行きましょう」
二人は大学寮の馬を借りるため、一度寮の裏手にある厩(うまや)へと向かった。そこでは、よく手入れされた数頭の馬が騒ぐこともなく並んでいる。日頃から官人たちが、用件の伝達や移動の際に使っているのだろう。鞍や手綱は質素ながらも堅牢で、日々の務めに耐えるだけの丈夫さをもっている。
(大学寮にも、こんな立派な馬が飼われていたのね)
真備は厩に着くなり、厩番の男に声を掛け、事情を説明する。彼は声の調子こそ落ち着いていたが、眼差しには切迫したものが滲んでいた。
相手の男も、話を聞くとすぐさま、厩の中から一頭を連れてきて、彼の前に手綱をそっと差し出した。
「今は急を要するため、本当に助かります」
真備はそう言って、安宿媛を馬に乗せる。
それから自らも彼女の後ろに跨がり、手綱を強く握りしめた。
「では、京の外に向かいます。馬に振り落とされないよう、しっかり掴まっていてください」
「はい、真備殿、お願いします」
こうして二人は馬に跨がり、平城京の外へと急ぎ向かっていった。



