平城京の導き ~古都の物語〜

 二人はしばらく歩き、ようやく農民たちの暮らす集落にたどり着いた。
 貴族たちが瓦葺きの立派な建物に住むのに対し、農民たちは質素な茅葺きの小屋で、日々をつないでいる。土の湿った匂いと藁の香りが混ざった小屋の前には、家畜が食する干し草や菜葉が無造作に置かれていた。
 小屋の前では、小さな子どもが簡素な麻布をまとい、裸足で走り回っている様子が見える。その足音や鶏の鳴き声が、かすかに集落に響いていた。
 貴族や僧侶は仏教の影響で、肉食を拒んでいたが、農民たちは生活のために必要なときには、ひそかに肉を食することもあった。
「農民の家を見るのは久しぶりね。私の家とは、本当に違うのだわ」
「話によれば、竈に火を入れる余裕もなく、米を蒸す道具も長く使われていない家があるそうです。きっと、食事も満足にはとれないのでしょう」
「え、食事まで?」
 どこかの家からは、子どものかすかな泣き声が聞こえてくる。
(あの子供も、きっと貧困に苦しんでいるのね)
 さらに歩を進めると、川のほとりに、布にくるまれた遺体が無造作に置かれていた。疫病や飢饉――そのどちらであっても、ここでは珍しい光景ではないのだろう。
 身分の違いは、住まいだけでなく、生き方や、死後の扱いにまで及んでいた。
「なんて、ひどい光景なの......」
 安宿媛は思わず胸がむかむかするのを覚え、口に手を当てて、吐き気をなんとか抑えようとする。貴族で、まだ十四歳の彼女には、あまりに酷な光景だった。
「安宿媛、大丈夫ですか」
 心配そうに、真備がそっと安宿媛の背中に手を添える。
「これでまた疫病でも流行れば、命を落としてしまいかねない」
 真備も、この光景に胸を痛め、川のほとりの遺体や怯える子どもたちを前に、何とも歯がゆく思いながら見つめていた。
(そんなことになれば――)
 安宿媛は一瞬言葉を失い、思わず足元の土を強く踏みしめた。
 遠くの方で、先ほど馬に乗ってやってきた人達が、どこかの家に入っていくのが見える。やはり、真備の言ったように、徴税の官人たちのようだ。
「こんなに暮らしが苦しい人たちから、さらに税を取るというのですか」
「国の権力者たちが、どこまで把握しているかは分かりません。ですが、農民も農民で、なんとか税を逃れようとする者がいるのも事実です」
「それでは、ますます国が乱れてしまうわ」
「天皇やあなたの父上たちも、すべてを把握されているわけではありません。制度は整いつつありますが、まだ十分に行き渡っていないところもあるのです」
 安宿媛はその言葉を聞き、強く思った。この国にはもっとしっかりとした体制が必要だと。国と民が、もっと一つにならなければ。
「私も、もっと国のことを考えていきたいです。そして、どうか御仏のお力添えをお貸しくださいますよう、乞い願いたいわ」
「そうですね。私たちの誠が通じれば、御仏もきっと、より良き方向へ導いてくださるはずです」
 その後、安宿媛が長くここに留まれないこともあり、二人は急ぎ観世音寺へと向かった。
 その帰り道、安宿媛は、先ほど見た子どもたちの姿を思い返しながら、この地に暮らす人々のことを、心の中でそっと祈っていた。