「ねえ、椋毘登(くらひと)もちょっとは歌垣に興味が沸いてきたんじゃない?」

「え?まぁ、確かに。こうやって見ていると、かなり新鮮ではあるかな」

 それを聞いた稚沙(ちさ)は何だか嬉しい気持ちになる。そこで彼女は今のこの状況を歌にして、詠んでみることにした。

 春の日に、心かよわし、思えども、君に添える、嬉しきものを
(春の季節に、想いを通わして、あなたの傍にいられる、なんと嬉しいことだろう)

 稚沙はそんな歌を詠んで、思わず椋毘登の肩に自身の体をあずけてくる。結局彼女からすれば、彼と歌を詠み合って、同じ時を一緒に過ごせることが一番の喜びなのだ。

 そして稚沙は、返しの歌が欲しいと彼に目でうったえてみせる。

 そんな様子の彼女を見て、椋毘登はふと「ゴホン!」と咳をしたのち、ボソッと呟いた。

 我となり、寄りて君さえ、思えば、わらはのごとし、おもしろきかな
(隣にいる君は、まるで子供だ。とても面白い)

「はい?」

 稚沙はそれを聞いて、彼はなんておかしな歌を詠むのだろうと思った。これでは完全に自分を馬鹿にしているではないか。

「ち、ちょっと椋毘登、あなた何て歌を詠むのよ!それにその言葉の使い方だと何だか変だわ」

「別に思ったまでにいっただけだろ?それに今のお前そのものじゃないか」

 確かに彼のいう通り、自分は年のわりに幼い所もあるだろう。だがそうだとしても、この歌は色んな意味で納得がいかない。

「じゃあ、椋毘登。何でも良いから、今思っていることをもう一度歌にしてみてちょうだい」

「え、他の歌でって……うーん、そうだな」

 彼はそれから頭の中で色々と言葉を並べて考えてみる。そして暫くして歌が出来上がったようで、稚沙の前でその歌を詠みあげてみせた。

 春遅し、(うぐいす)鳴けど、いまだ見ぬ、君に寄りなな、愛しきかも
(春が遅く、鶯が鳴くも現れない、君に寄り添って、愛しいことだ)

(これは『鶯が鳴いているのに、何故春は来ないんだ。でも自分の隣にいる君はとても愛しいよ』ってことかしら?うーん解釈が中々ややこしい)

 稚沙は、椋毘登が本来詠みたかったであろう、歌の内容を考えてみる。だがこれを人前で詠むと、相手は恐らく首をかしげてしまうだろう。

「ねえ、椋毘登。あなたもしかして歌を詠むのが苦手なの?」

 椋毘登は稚沙にそう指摘され動転したのか、少しどぎまぎした様子になる。どうやら彼女のいっていることは図星のようだ。

「し、仕方ないだろう。俺は歌なんて普段余り詠まないんだから……あぁーだから歌垣なんて、行きたくなかったんだよ!」

 彼がこれほど歌垣の参加を嫌がっていたのは、どうやら下手な歌を詠まされて、自身が恥をかきたくなかったからのようだ。

 稚沙もこれはかなり意外に思えた。わりと仕事でも何でもそつなくこなす彼が、まさか歌の1つも上手く詠めなかったとは。

「はぁー、まさか椋毘登がここまで歌が下手だったなんて。本当に意外だったわ」

 人は誰にでも苦手なことの1つや2つはある。元々仕事で失敗の多かった彼女には、中々他人事とはいいにくい。

「まぁ、余りいえた話じゃないが、お前もこれで分かっただろう?俺に歌の返事は期待するな!」

 稚沙はそれを聞いて思った。このままでは椋毘登からは歌を詠んでもらえない。歌の詠み合いが出来ない関係なんて、今の彼女には耐えられたものではい。

(どうしよう、このままじゃあこの先ずっと椋毘登からは歌が貰えない……)