それから男の子の手を繋いで、2人でしばらくあたりを探してみることにした。
 椋毘登には悪いが、流石にこの男の子をこのまま放っておくことはできない。

「この男の子のお父さん、いませんか?」

 稚沙は歩きながら、男の子の父親を呼んだり、宮の人に色々と聞いてまわったりもした。

 男の子の方も稚沙にならって「おっとう〜」と自身の父親を呼んでみたりもした。

(もしこのまま父親が見つからなければ、この子は捨て子にされてしまう...)

 女官の稚沙には、こうやって子供の父親を一緒に探してあげることしかできない。なので何とかして父親を見つけなければ。

 だが男の子もだんだんと弱気になりはじめてしまい、目元に少し涙を見せるようになってきた。

「おっと〜...」

「だ、大丈夫。お姉ちゃんがちゃんときみのお父さんを見つけてあげるから!」

 稚沙は男の子を必死ではげましながら、宮の中をひたすら歩いてまわる。

(どうしよう、ここは一旦椋毘登と合流して、彼にも協力してもらうしかないかな)

 だがそうなれば、恐らく今日の蛍を見に行く予定は駄目になってしまうだろう。
 だがそれも今回は致し方ない。それにきっと彼なら、今回の件は分かってくれるはずである。

 稚沙の脳裏にそんなことが過ったちょうどその時である。背後から彼女達に、誰かが声をかけてきた。

「あの、すみません」

 二人が思わずふり返えると、そこには見た目からして、およそ15、6歳ぐらい青年が立っていた。
 また身なりもそれなりに整っているので、そこそこ身分のありそうな人物である。

(あら、見たことない男の子ね)

「僕は中臣御食子(なかとみ の みけこ)っていいます。実は向この方で何やら子供を探している男性を見かけまして...」

「その男性って、こう大柄な男性ですか?」

 稚沙は思わず手と体をどうじに動かして、男の子の父親の容姿を懸命に説明しようとする。

「はい、そうです」

(良かった、その男性がきっとこの子のお父さんだわ!)

「ありがとうございます!私もこの男の子のお父さんをちょうど探していたんです」

「やはり、そうでしたか。恐らくそうじゃないかと思ったんですよ」

 相手の青年はそれを聞いて、思わず笑みを浮かべる。彼は稚沙が思うに言葉づかいも丁寧そうで、わりと好感を持てる人物に思えた。

(椋毘登も、普段からこれぐらい愛想が良ければ...って今はそんなことを考えてる場合じゃない!)

「じゃあ私達は、急いでその人のところに行ってることにします」

「ぜひそうしてあげて下さい。その男の子もずっと不安がってたでしょうし」

「本当に助かりました。あ、私はここの女官の者で、名前は稚沙といいます。生まれは額田部(ぬたかべ)の者です」

「そうですか、それならまたお会いする機会もあるかもしれませんね」

「本当ですね。では、私達はこれで失礼します!」

 稚沙はそういうと、軽くお辞儀をし、そして男の子を引き連れて、急いでその場を離れていってしまった。

 相手の青年はそんな稚沙達をただただぼーぜんと眺めていた。


「ふーん、あの女の子稚沙っていうんだ...」