椋毘登(くらひと)、それちょっと怖くない~!あなた馬子様の甥で、護衛もしているんでしょう?というより蘇我に恨みを持って死んでいった人なんじゃ……」

 それを聞いた稚沙(ちさ)は驚いて思わず足を止める。彼は蘇我一族の人間なのだ。であればそんな蘇我に対して恨みを抱く人間なんて、過去にも大勢いたはずである。

「でも不思議と恐怖は全く感じないんだ。何となく懐かしさもあるしね。それに相手は、何故だか俺に助けを求めているようだったから」

「そ、そうなの」

「まぁ、特にそれで何か問題がある訳でもないしね」

 椋毘登がそういうなら、とりあえず本人に何ら危険性はなさそうである。それなら彼の遠い先祖なのかもしれない。

「だが、このことは身内も含めて、俺は誰にも話していない。お前は蘇我の一族じゃないから話してみただけだ」

(まあ、自身の一族内でこんな話をしたら、逆に椋毘登の方に何かあるのではと思わてしまいそう……)

「分かったわ。私も椋毘登の為にならないことをするつもりはないから」

「こんな話をしておいて何だが、お前もこのことは変に気にするな」

 そういって彼はこの話を終わらせようとする。結局の所その不思議な夢が何を意味してるのか、それは2人にもわかない。

(でもこういうことって、誰かに相談とかできないのかしら……)

 稚沙にとって、椋毘登に害が及ぶことだけは絶対に避けたい。でもだからといって、自分では何か出来る訳でもないので、何ともやりきれない思いだ。

 そんな稚沙が1人で悶々としているなか、椋毘登は稚沙を連れて再び歩き出そうとした。

 だが遠くの方から何やら音が聞こえてくる。これは恐らく馬の蹄の音のようで、数体の馬がこちらに向かって走ってきているようだった。

(一体誰だろう?)

 稚沙は思わず椋毘登の後ろに隠れながら、前の様子を伺うことにした。
 一方の椋毘登も、馬が走ってくる方向を真っすぐ見つめている。

 そして次第に蹄の音が大きくなってくると同時に、やってくる人物の姿も徐々に姿が見えてくる。
 相手は3人組のようで、2頭の馬に分かれて乗っているようだ。
 1頭は大人と10歳ぐらいの男の子が乗り、もう1頭の方には12歳ぐらいの男の子が1人で乗っている。この組み合わせからして、恐らく親子なのだろう。

 彼らは稚沙と椋毘登の前までやってくると、ふと走るのを止めた。

(あれ、この人は確か……)

 稚沙は父親らしき人物を思わず垣間見る。相手はどうやら稚沙も見覚えのある人物のようだ。

 その男性は2人を見るなり、少し低めの声で話しかけてきた。

「椋毘登、まさかお前とこんな所で出くわすとはな」

「誰かと思えば摩理勢(まりせ)の叔父上じゃないですか。それに毛津(けつ)阿椰(あや)も一緒に」

 椋毘登も彼らの正体に気づいたようで、少し不敵さを含んだ声でそう答える。