一方その頃、雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)はだいぶ限界にきていた。

そして大炯(でひょん)の剣を避けようとした瞬間に、腕に少し剣がかすった。

すると彼は思わず後ろに下がった。剣の傷はそこまで深くは無いが、少し血が流れていた。

(くそ、このままじゃ殺られてしまう)

彼は息を「ぜーはーぜーはー」と荒くしていた。体力的にも限界が近いようだ。

「確か雄朝津間皇子とか言っていたな。君の剣の腕前は中々のものだ。だが悪いがそろそろ決着を付けさせて貰う」

(そ、そんな。このままじゃ雄朝津間皇子が死んじゃう!!)

忍坂姫(おしさかのひめ)は、目から大粒の涙を流していた。


そして大炯が剣を再び構えて彼に向けた。

だが彼はもうフラフラの状態で、その場から動けなくなっていた。

(くそ、ここまでか……)

雄朝津間皇子はそんな自分がとても情けなかった。自分の大切な人でさえ守れないのかと。

そして大炯が皇子に向けて剣を振りかざした丁度その時だった。

誰かが彼の剣を受け止めた。

彼は思わず前を向いた。すると彼の前には稚田彦(わかたひこ)が立っていた。

「わ、稚田彦。どうせなら、もう少し早く来てくれよ」

雄朝津間皇子は息を荒く吐きながら彼に言った。

「皇子、申し訳ありません。これでもかなり急いだんですが」

そう言って、彼は大炯の剣を払い退けた。
稚田彦の急な登場に、彼は思わず後ろに下がった。

(この男、いつの間にやって来たんだ)

「あとは私が何とかしますから、皇子は少し休んでいて下さい」

そう言って、稚田彦は従者の者に彼を後ろに下がらせるよう指示した。

そしてそれから稚田彦は大炯に向かい合った。

(雄朝津間皇子をここまで追い詰めるとは、かなりの剣の使い手だ。それにこの男から伝わってくる異常な殺気、とても倭国の人間とは思いにくい)

「あなたは他の国の方ですね。その腕前からして、あなたがもしや半島から来たと言う殺し屋か」

そう言って稚田彦は大炯に剣を向けた。
すると、普段の穏やかな彼の表情は一切消えていた。まるで感情など持ち合わせていないかのように。

「あぁ、その通りだ。その感じだと先程の皇子よりも強そうだ」

大炯はそう言って、彼もまた剣を構えた。



その頃雄朝津間皇子の元に忍坂姫がやって来た。

「お、雄朝津間皇子、大丈夫ですか!!」

彼女の顔は泣き顔でぐじゃぐじゃになっていた。今までの光景を見ていた間、相当泣いていたのであろう。

「あぁ、ちょっと剣が腕に入ったが、少しかすった程度だ。しかしあの男相当に強いな。まぁ、あとは稚田彦が何とかしてくれるだろう」

だが彼はまだ体力が戻って無いようで、息を荒くしていた。

「でも、皇子が無理だった相手に、稚田彦が勝てるんでしょうか」

忍坂姫には稚田彦があの大炯とか言う男に勝てるとは中々思えない。

「まぁ、あいつらの戦いを見ていたら分かるさ。どうして稚田彦が大王の側近としていられるのか。彼がとても優秀だからという理由だけで、いられる訳ではないんでね」