こうして忍坂姫(おしさかのひめ)は、雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)に連れられて、日田戸祢(ひだとね)の家の側の花の咲いている場所に行ける事になった。

「わぁ、これは凄い。何て綺麗なんでしょう」

忍坂姫はその光景にとても感動した。
そこではツツジやサツキ等の春の花が咲いていて、鳥や蝶も飛んでいた。

こんなに綺麗な光景であれば、ずっと見ていても退屈はしないと思った。

「確かに、噂どおりだね。これは俺も驚いたよ」

皇子も忍坂姫の横で同じように驚いていた。

「雄朝津間皇子、本当に連れてきてくれて有り難う」

彼女はそう笑顔で彼にそう答える。本来の目的とは少し違うが、2人でこの光景を見れた事はとても嬉しい。

すると雄朝津間皇子は、いきなり忍坂姫の肩に手を回してくる。

「いや、別にたいした事はしてないよ。でも、君にそんな風に喜んで貰えて、本当に良かった」

彼は忍坂姫の目を見ながら、とても嬉しそうにして言った。だが皇子に肩に手を回されている為、2人の距離はとても近かった。

(雄朝津間皇子的には、そこまで深く考えてないのかもしれないけど、距離が近いとどうしても緊張してくる……)

皇子にそんな今の自分の状態が気付かれないよう、彼女は必死で平静を装った。

(でも今日は天気も良いし、本当に来て良かった)

そしてしばらくの間、2人はそのまま景色を眺めていた。


それから暫くして、皇子は忍坂姫に言った。

「じゃあ、ちょっと日田戸祢に会ってくるよ。君をここにずっと1人にしておく訳にもいかないから、出来るだけ早く戻るようにはする」

それを聞いた忍坂姫は、むしろ出来るだけ長く日田戸祢の所にいて貰いたいと思ったが、流石にそれはよう言えなかった。

「雄朝津間皇子、分かりました。私は大丈夫なので、気にせずに行って来て下さい」

それを聞いた彼は、忍坂姫の事をなんて思いやりのある娘だろうと、とても感心する。

「忍坂姫、本当にありがとう。もし何かあったら大声で叫ぶんだよ。日田戸祢の家に仕えている者にも伝えておくから、そこの人達が助けに来てくれるはずだ」

皇子はそう言うと、忍坂姫を軽く引き寄せて、彼女の頭をポンポンと撫でた。
そして「じゃあ、行ってくるよ」と言い、そのまま日田戸祢の家の方へと向かっていった。

(皇子、最近本当に変わってきたわね……この間千佐名(ちさな)の元に行って帰って来てからが特にそうだわ。
そんなに不誠実な人間と思われるのが嫌になったのかしら。それに少し接し方も前より積極的になった気がする)

忍坂姫は雄朝津間皇子を見送りながら、そんなふうに思った。