忍坂姫(おしさかのひめ)の本音としては、他の娘の元になんか行って欲しくはない。だが今の話しだと、相手の娘は寝込んでいるらしく、それでその父親は娘に会って欲しいとまで言って来ている。

そこまで言われたら、流石に忍坂姫としても嫌とはよう言えない。

「その村の娘は今寝込んでいるんですよね。もしかすると容態も酷く悪いのかもしれません。であれば、皇子が行ってあげた方が良いのではありませんか」

忍坂姫は辛い表情を余り出さないようにして、彼にそう答えた。


雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)はそんな彼女の話しを聞いて、安堵する。

「忍坂姫、今回は本当に済まない。とりあえず様子だけ見に行って来るよ。
日田戸祢(ひだとね)からは急ぎで来て欲しいとの事なので、これから行ってこようと思う。
今日は宮に戻れるかは正直分からない」


そう言って雄朝津間皇子は、再度「本当にごめん!」と言ってそのまま部屋を出て行った。

忍坂姫の横にいた市辺皇子(いちのへのおうじ)は、何となく大変なのかなと言った感じでは聞いていた。

雄朝津間皇子が部屋から出ていくと、忍坂姫の目から涙が出てきた。
そしてその場で、彼女は泣き出してしまった。

「忍坂姫~一体どうしたの!?」

市辺皇子は急に彼女が泣き出したので慌てた。
だがどうして彼女が泣いているのかは、6歳の彼にはよう理解する事が出来なかった。

「ううん、市辺皇子大丈夫よ。心配してくれてありがとう」

彼女はそう彼に言った。

その後、忍坂姫は市辺皇子を宮の使用人に任せる事にして、自分の部屋へと戻って行った。

そして部屋に戻ると、彼女はそのまま床に寝転んだ。

(雄朝津間皇子もかなり必死な感じだったわ。相手が寝込んでいるって言ってたから、仕方ないのは分かってるんだけど……でもやっぱりどうしても辛い)

こうして、忍坂姫はそのまま泣き続け、その後泣きつかれたまま眠りについた。