今日も忍坂姫(おしさかのひめ)は、雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)市辺皇子(いちのへのおうじ)と一緒に夕食をとっていた。
市辺皇子とは日中も一緒にとる事があるが、雄朝津間皇子は日中はいない事が多く、彼の場合は夕食時のみである。

「ねぇ、忍坂姫。今日聞いたんだけど、忍坂姫がここにいるのは、あともうちょっとだけなんだよね?」

市辺皇子は、どうやらその事を今日宮の使用人から聞いたのであろう。
この宮で彼女が最近暮らすようになったので、てっきり彼女はずっとこの宮にいるものと皇子は思っていたみたいだ。

「そうね、その後は元々住んでいた所に帰る予定になっているわ。でもこの宮から歩いてもそこまで距離がかかる所じゃないから、市辺皇子も私の所にはすぐに来れるわよ」

市辺皇子はそれを聞いて、ちょっと安心したみたいだった。

「そっか~それなら良いかな。じゃあその時は、誰かに連れて行ってもらうよ」

忍坂姫も、市辺皇子と今後会えなくなるのは、さすがに寂しいと思った。
頻繁にと言う訳にはいかないが、自分からも、時々この宮に遊びに来るのは良いかもしれない。

だがこれが、忍坂姫と雄朝津間皇子の2人の場合は、少し状況が異なる。

(瑞歯別大王(みずはわけのおおきみ)は、もう少し様子を見て欲しいと言っていたけれど、私と皇子はその後も特に何も無いし……)

皇子はこの事について特に何も思わないのだろうか。
忍坂姫が彼を見ると、普段とかわらずに食事をとっている。

(先日大王にも話したけど、確かに最近皇子が少し変わってきたような気はしている。でもだからといって、何か特別進展があった訳でもないのよね)

「忍坂姫、どうかしたのか?」

雄朝津間皇子は、彼女が少し元気が無いように思えた。

「いいえ、皇子。何でもありません」

忍坂姫は何とか笑顔を作って、彼にそう答える。

先日の桜見物から宮に帰ってきた時、雄朝津間皇子はそのまま一人で、自分の部屋に戻って行った。
それ以降2人は特に話しをする事もなく、今の夕食に至っている。
なので、今の所この2人に進展する雰囲気はまるでない。

(私ももっと何か努力をした方が良いのかしら。元々皇子の場合は、女性の方から言い寄られる事が多かったらしく、自分の方から動く事は余りしなかったのかもしれない)

とは言っても、忍坂姫も今まで同年代の異性と親しくするなんて事は、それほど多くはなかった。
だからその辺の、微妙な男女のやり取りの事は余り良く分かっていない。

(とりあえず食事を済ませたら、今日はもう横になろう……)